21回目の喧嘩

佐倉伸哉

本編

「……カノジョと喧嘩した」

 昼食時、いつも明るい拓海がどんよりとしたオーラ全開だったので親友の龍馬が声を掛けると、そう返ってきた。

 拓海は夏休みに隣のクラスのアリサに告白し、無事OKを貰えて交際がスタートした。今月で付き合い始めて5ヶ月になるが、順風満帆に愛をはぐくんでいるとは言えなかった。

 メッセージの返信が遅い、デートしている時に他のキレイな女の人を見ていた、一緒に食べていたポテチを少し多く食べた……ちょっとした価値観の違いや些細な事で小さな喧嘩をして、すぐに仲直りしてラブラブになる。他人からすれば単なる惚気のろけにしか聞こえないが、当事者からしたら大問題らしい。

「で、今回はどんな理由なんだ?」

 いつまでもどんよりムードを漂わせていては自分の昼食もマズくなると、話を振る龍馬。

「……先週末、土曜も日曜も他校との練習試合だっただろ?」

「うん」

 拓海と龍馬はサッカー部に所属している。決して強い訳ではないが、3月に入って他校との練習試合が多く組まれるようになり、拓海も龍馬もスタメンとして出場していた。

 拓海の話に何となく喧嘩の理由が察せられたが、こちらから話を振った手前もあるので一応聞いておく。

「アリサがさ、『何でデートしてくれないの!』って怒ってさ……オレも寂しい思いをさせているからメッセージ送ったり電話したり工夫していたけど、アリサはやっぱり顔を合わせたいみたいで。最終的には『アタシとサッカー、どっちが大切なの!?』って……」

「はいはい、惚気乙」

 99%分かっていたけど、やっぱり思った通りの理由だった。

 ラブコメで『〇〇とアタシ、どっちが大切なの!?』というセリフはよくあるが、リアルで聞けるとは思わなかった。何このラブコメ。

「しかし、お前も喧嘩多いよな」

「これで21回目……」

「回数覚えているのかよ」

「だってアリサの怒った顔も可愛いし……」

「はいはい、ごちそうさまです」

 凹んでいるので慰めようと思った途端に顔が緩む拓海に、流石の龍馬も適当な返事でお茶を濁す。惚気を聞かされている身にもなってほしいものだ。

 黙って弁当を食べていると、やっぱり後ろめたさが出てきたのか緩んでいた表情が一転して暗くなる。箸も進んでいない様子なので、親友の落ち込んだ姿を見るのはあまりに忍びなかった。

「……まぁ、理由はあるにせよ週末に会えなかったのは事実なんだから、謝ったらどうだ?」

「それが、今日家まで迎えに行ったけど先に出て行ってしまったし、クラスに会いに行っても姿が見えないし……結局会えてないんだよ」

「だったらメッセージで謝ればいいじゃん」

「そこは顔を合わせて伝えたいんだよなぁ」

 めんどくさいなぁ……と思う反面、拓海の言っている事にも一理あるとも思う。スマホのメッセージを送るのは簡単だが、文字に気持ちは乗せられない。

 拓海はハァと溜め息を一つ零すと、食べかけの焼きそばパンにかじりついた。


「ハァ……」

 一方、同じ頃の隣のクラス。アリサも溜め息をついていた。

「さっきから溜め息ばっかりついているけど、どうしたの?」

 様子がおかしいと思った親友のゆりあが声を掛けてきた。

「実は、カレシと喧嘩したの……」

「またー? アンタ何回目なのよ」

「21回目……」

「しかもしっかり数えているし」

 ゆりあは近くにあった椅子を引き寄せて座ると、アリサの顔を見ながら訊ねた。

「……で、今回は何が原因なの?」

「先週末、拓海が部活で忙しくて会えなかった」

「……アンタがカレシ大好きなのは知ってるけど、別にたった2日くらい会えなかったからってどうともないでしょ」

「ううん、違うの」

 アリサはフルフルと顔を振りながら否定する。

「アタシは、残り少ない高校1年の梅の花を、拓海クンと一緒に見たかったの!」

「うわ、すげーメンドーな女……」

 理由を明かされてゆりあはバッサリと切り捨てた。しかし、アリサの方は今にも泣きだしそうな顔をしていたので放っておく訳にもいかず、慰めのモードに入った。

「……でもさぁ、アンタが拓海君にOK出したのって、拓海君が一生懸命サッカーに打ち込む姿が素敵だったからなんだよね?」

「うん。ボールを追いかける拓海、世界で一番好き」

 何の躊躇もなく惚気たアリサに呆れつつも、ゆりあは続ける。

「拓海君だってアリサをほったらかしにしている訳じゃないんだよね? 寝る前には必ず『おやすみ』ってメッセージ送ってくるし、毎日家まで迎えに来てくれるんでしょ?」

「うん……」

 ゆりあの言葉に、アリサも頷く。何故拓海の行動をゆりあが知っているかと言えば、アリサが毎日のように懇切丁寧に教えてくれるから、いつの間にか頭に入っていたのだ。

「精一杯アリサの事を想っているんだからさぁ、そろそろ許してあげれば?」

「……うん」

 自分にも非がある事は自覚しているようで、素直に頷いた。

 全く、世話が焼ける。内心でゆりあはぼやいていた。


 放課後。いつものように部活へ向かう為に下駄箱に向かう。

 玄関で靴を履き替えてから部室へ向かうのだが――今日は先客が居た。

「アリサ……」

 今日一日、何回も会おうとしたのに会ってくれなかったアリサが、今目の前に居る。

 まさか下駄箱の前で待っているとは考えてもいなかったので、どう切り出せばいいか分からず困惑していた。すると――

「ゴメン……」

 先に口を開いたのは、アリサの方だった。

「サッカーも大切なのは分かっていたけど、あんな事言ってゴメンね……どうしても、拓海に会いたかったから……」

「アリサ……」

 予想外に嬉しい事を言ってくれるアリサに、拓海も嬉しい気持ちになった。

「オレの方こそゴメンな……朝とか夜とか、時間作れば良かった。寂しい思いをさせてしまってゴメンな」

「ううん、拓海は悪くないの」

「いいや、アリサは悪くない」

 互いに「悪くない」「悪くない」と言い合う内、思わず揃って笑みがこぼれた。

「うふふ……じゃあ、どっちも悪いってことにしようか」

「そうだな。どっちも悪かったから、これからもよろしくね?」

 こうして、21回目の喧嘩は自然消滅したのであった。


 二人のイチャイチャする様子を遠くで眺める、龍馬。仲直りしたのを確かめるとスマホを取り出してメッセージを打ち始めた。

『仲直りしました』

 短い文章を打ち終えると、すぐに送信。返事はすぐに届いた。

『世話が焼けるね』

「まったくだぜ……」

 ポツリと漏らす龍馬。

 個人的には、あの場所にいつまでも二人で居ると気まずいから、早々にどっか行って欲しいと切に願っていた。このままでは永遠に部活に行けなくなる。

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21回目の喧嘩 佐倉伸哉 @fourrami

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