竜騎兵は帰らない
戸松秋茄子
本編
【統暦一六〇二年二月二七日消印】
お兄様へ
ねえ、お兄様。レイアを覚えていて?
そう、あのレイア・アシュガルド! 我らが「知の巨人」!
週末の午後でね、わたしはトムと一緒に首都の公園を歩いてたの。終戦記念日が近いでしょう? 広場の慰霊碑を見に行かないかってトムが言うから、そうしたの。そしたら、そこでレイアと鉢合わせたってわけ!
彼女、慰霊碑の前で黙祷してたわ。罰当たりにもそういう通行人を狙うひったくりなんかもいるからちょっと注意して見てたんだけど、背格好や顔立ちにどこか見覚えがあったの。そしたらあの、翡翠色の瞳でしょ? 目を開いた瞬間、確信を持ったわ。わたし、思わず「レイア?」って声をかけちゃった。
向こうはわたしだってすぐにはわからなかったみたい。会うのは六年ぶりだもの。でも、わたしが名乗るより早く、思い出してくれたわ。さすがに驚いてるみたいだった。二人で懐かしいねなんて言って、トムとレイアのこともそれぞれに紹介したわ。
それからちょっと話し込んだの。彼女、いまは郊外で小児科の開業医をしてるみたい。忙しいみたいで、慰霊碑にも来れるうちに来ときたかったんだって。
わたしは結婚したこととか、夏に双子の娘が生まれることなんかを話して、それからやっぱり学生時代の話になったのね。これまでも手紙にも書いたようなことよ。たとえば、寮のテラスから
彼女は最初、そのことを覚えてないかのように振る舞ったわ。そんなことあったかしらって。
わたし、あのときのことはいまでも思い出すわ。だって、けっきょくわたしが鳥竜を見たのはあのときが最初で最後だったんだもの。鳥竜はその後すぐに歴史から姿を消した。鳥竜部隊は、あの無益なダリアール強襲で全滅して、いまだどこの国も再現に至っていない。
お兄様は考えすぎだって言うけど、あのダリアール強襲はやっぱり単なる悪あがきじゃなかったと思うの。あれは敗戦を悟った軍部が鳥竜の「在庫」を処分しようとしたのよ。
本当ならダリアールにたどり着くまでに戦艦に迎撃されて全滅させたかったんでしょうね。でも、少なくない鳥竜と竜騎兵たちが防衛ラインを突破して市街地まで至った。そして爆薬を積んだ鳥竜部隊は港の基地に捨て身の特攻を仕掛け全滅した。しつこいようだけど、わたしはそう思ってる。
だっておかしいじゃない。わたしたちは戦争に負けたのよ。鳥竜の研究成果だって当然共和国に押さえられてるはずでしょう? なのに、いまだ誰も鳥竜を復元できていない。少なくとも新聞やラジオの報道ではそういうことになってる。それはなぜ? どうしてそんなことができるの?
きっと、知られたくない技術が使われていたのよ。降伏の手土産にもならないような、むしろそのことでかえって非難を受けかねないような、そういう技術。倫理に悖る技術。だから軍は証拠の隠滅を図った。
実際、そう疑う声はあちこちで上がってるでしょ?
「本当にそんなこと信じてるの?」と彼女は言ったわ。「陰謀論よ。あのときは冗談で言っただけ」
彼女はやっぱり覚えてたの。自分があの日、何を言ったのかを。だけど、それ以上はダメ。口を閉ざしちゃって、なんだかぎこちない空気になっちゃった。
彼女はやっぱり変わったのかもしれない。不意にそんなことを思ったわ。うまく言えないけど、むかしの彼女はこうじゃなかった。お兄様ならわかってくれるでしょう?
わたしたちは最後に軽く抱き合って、そして別れた。
もしかしたら、もう会うこともないのかもしれない。わたしの青春は終わったんだなって改めて実感するわ。
アリシアより
【統暦一五九四年二月一〇日消印】
お兄様へ
レイアってやっぱり少し変。
この前、寮のテラスで彼女と卒業後の進路について話してたの。そしたらびっくり! 郊外の方角に竜が飛んでたのよ。
見間違いかと思ったわ。だって冬の空に竜なんて!
もちろん、鳥竜のことは知ってたわよ? 愛国主義者に大人気なんですもの!
写真で見た通り、鳥竜は全身を羽毛で覆われていたわ。だけど、他は普通の竜と同じだったと思う。搭乗する竜騎兵だってちょっと着膨れして見えるだけで飛び方だって他の竜と変わらない。
「本当に冬でも活動できるのね」ってレイアに言ったわ。
竜は寒さに弱く、冬至を迎える前に冬眠する。それが羽毛をまとっただけで冬でも活動できるようになるなんて信じられなかったの。品種改良でそんな竜が作れるということも。
他国の竜がいない空を飛び回れるんですもの。竜も竜騎兵も気持ちいいでしょうね。高度を保てば、対空砲より他に彼らの驚異となる兵器もないし。愛国者の子たちが「戦況をひっくり返す切り札」と呼ぶのも、わからない話ではないわ。
「最後の砦、の間違いでしょう」レイアはつまらなさそうに言ったわ。「この冬限りよ。春が来たら連合の竜が目覚めておしまい。鳥竜なんて羽毛がなければ他の竜とさして変わらないんだから。この国は制空権を失って本格的に詰むわよ」
レイアは言い終わるとこれ見よがしにあくびをしたわ。
「鳥竜にはなぜ羽毛があるんだと思う? 羽毛が生えた竜なんてのがいれば、他国だって放っておかない。軍事利用を考えるでしょう。でも実際にはそうなってない。この国だってこの戦争がはじまるまで鳥竜なんて誰も見たことがなかったはず。竜が長命なのは知ってるでしょ? それに彼らは強い。食物連鎖の頂点に君臨している。そういう生物はあまり多く子を残す必要がない。実際、竜が性成熟して子供を残せるようになるには五年がかかるとされてるわ。そして妊娠期間が半年。一度に生む卵は二つだけ。たまたま羽毛が生えた突然変異の個体を得られたとしても、犬猫のようにばんばか増やせるわけじゃない」
「でも現にこうしてその辺を飛んでるけど」わたしは鳥竜を指差したわ。
「そう。それが不思議なのよ」レイアは言ったわ。だけど、自分はその答えを知っているとでも言いたげだった。
「何か考えがあるの?」
「姉さんが竜騎兵だったのは知ってるでしょ」レイアは静かな声で言った。「訓練兵時代、姉さんは何度か手紙をくれた。軍事機密にも関わるから検閲された上でね。でも、ある時期から手紙が来なくなって、数ヵ月後、国から姉さんが戦死していたという通達が届いた」
「それで?」
「一緒に骨が届いたの。姉さんの骨だって」レイアは言ったわ。「細長い骨だった。完全な形ではなくて、途中で折れていたのだけど――家族の誰もそれが何の骨かわからなかった。解剖学の本を開いてこれじゃないかいやこれだって家族で大激論したんだけど、誰も自分の主張に決め手が持てなかった。そこで弟が言ったの。これは竜の骨なんじゃないかって」
「軍が間違えたってこと?」
「最初から骨の状態になってたらそういうこともあるかもね」レイアは認めた。「だけど、たとえば焼死体でも形を見れば人か竜かはわかる。体が吹き飛んで一部しか残らなくても、一目瞭然でしょう?」
「じゃあ、どういうこと」
「隣国で流行ってる学問があるのよ。神秘主義的なものなんだけどね、それによれば、人類には、違う星から来た、爬虫類のような生物の子孫が紛れ込んでるって言うのよ。向こうの言葉でレプリティアンっていうらしいわ。彼らは残酷で、血に飢えた、性質を持ってるらしいわ。それが本当なら、何らかの方法でそこに先祖返りさせることだってできるかもしれない」レイアは続けた。「人間には体毛があるわね。髪以外にも、全身に毛穴がある」
レイアが何を言いたいかは明らかだったわ。でもそんなこと信じられる?
「わたしはただ、何で竜の骨が入ってたのかわからないという話をしてるだけ」レイアは言った。「この国が敗けてくれれば、本当のことがわかるかもね」
レイアったらそんなことを言うの。だけど、そんなことがあると思う? 鳥竜が元は人間だなんて。徴兵された兵士が何らかの方法で鳥竜にされてるなんて。
【統暦一五九三年一〇月八日】
お兄様へ
聞いて、お兄様。学校におもしろい子がいるの。
レイア・アシュガルドって子なんだけどね。燃えるような赤髪と翡翠色の瞳を持った、小柄な女の子よ。
彼女は特別奨学生なの。家はちいさな診療所らしいわ。経済的にはとうていうちに通えないはずだけど、彼女は実力で奨学金を得たのよ。
実際、彼女はすごく頭がいいの! 先生なんかよりよっぽど教え方がうまいと思うわ。つまり、他の子にそうしてるのを見るってこと。
それがおもしろくなかったんでしょうね、父親が政治家だか官僚だかの子が彼女に突っかかったの。
「尊い犠牲よね」ってその子は言ったわ。「涙が出るわ。あなたのお姉様のような勇敢な兵士、尊い犠牲の上にわたしたちの生活があるんだと考えるとね」
彼女が言っているのは、徴兵されたレイアのお姉様のこと。レイアが入学する少し前に、戦没されたらしいわ。それを誰がどう聞いても皮肉とわかる口調で触れたのよ。
自分たち上流階級の子女はこうして高等教育を受けられ、徴兵の対象からも外れる。徴兵されるのは、あなたたちみたいな中流以下の、学校にも通えないような家の子だけだってね。レイアみたいな出自の子はこの学校にふさわしくない、と言いたかったんでしょう。こんな場所より戦場がお似合いだって。
それでね、レイアはなんて返したと思う?
「そう、ありがとう」って言ったのよ。「わたしもたまに涙が出そうになるわ。あなたみたいに親の財力とコネだけで学校に通って、学んだ内容もろくに理解できず、親が選んだつまらない男と結婚しなくちゃならない子たちのことを思うとね」そして、最後に付け加えたわ。「ホント、尊い犠牲よね?」
それを聞いて、わたし、このちいさな皮肉屋さんのことが好きになっちゃったわ!今度、話しかけてみようと思うの。
学校なんてつまらない場所だと思ってたけど、なんだか彼女とは生涯の友達になれそうな気がするの。
竜騎兵は帰らない 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick
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