光の妖精
蓮見庸
光の妖精
見わたす限り続く、赤い荒涼とした大地。
もう一歩も歩けない。
風が吹きすさび、
オレは絶望と悔しさに打ちひしがれ、乾いた砂を握りしめていた。
「くそっ! こんなはずじゃなかったのに…」
初めて火星へ足を踏み入れた人間として、地球へ凱旋するはずだった。危険をかえりみず果敢に困難に挑戦した英雄、この世の名誉は欲しいまま、美女を好きなだけ…おっと、紳士はそんなことはしない。海を望む白亜の豪邸で、愛する妻と子供に囲まれ、何不自由なく幸せに暮らすことが約束された生活。思い返すだけで頬が緩んでくる。
……しかし相次ぐ
暑い…。
目がかすみ、頭の芯がぼうっとしてきた。
人影が見える。とうとう幻覚まで見えるようになってきたか。
「もうダメか…」
そんなオレを、突然、影が覆った。
「なんだ…?」
見上げた視線の先にいたのは、太陽の光を隠すように立つ…………妖精だった。
ふわりと風に揺れる金のショートヘアー。緑の瞳、均整のとれた顔立ちに、きめの細かいほんのり褐色の肌。体にピッタリとした
背中に生えた薄い羽根の輪郭が、太陽の光を受けて黄金色に輝いていた。
これまでに何度か無人探査機の映像に写っていた人影。その存在はもはや公然の秘密となっていた。薄々期待はしていたものの、ホントにいるとは思わなかった。これを地球に知らせたら大スクープだろう。
「けど、地球に帰れないんじゃ仕方ないか…」
オレはがっくりと肩を落したが、これでも宇宙飛行士の端くれ、好奇心にまかせて声をかけてみる。
「Hello」
切羽詰まったときにはこんな言葉しか出てこないものだ。
案の定返事はない。
「やっぱり無駄だよな。もう煮るなり焼くなり埋めるなり、好きにすればいいさ」
「焼いたりなんてしませんよ。わたしはセファリアです」
ほらやっぱり、わけのわらない言葉……じゃない。え? 今なんて言った?
「オ、オレの言葉がわかるのか…?」
「はい、わかりますよ。それがなにか?」
「いやいや、なにかじゃなくて…」
「あなた地球から来たんでしょ? 乗り物の場所からずいぶん無駄に歩き回ったようで、さんざん探しましたよ。先生がお待ちですから、早く一緒に来てください」
ちょっと待て、先生ってなんのことだ。しかもこの妖精、言葉にトゲがないか? なんだか頭がくらくらしてきた。
「オレはもう疲れて一歩も歩けない」
「…仕方ありませんね」
妖精はオレの手を取り、こともなく立ち上がらせると、その背中の羽根がピンっと伸びた。
そして、手を握ったまま足を一歩踏み出し、
「飛ばないのか…?」
歩きだした。
「えぇ、飛ぶと疲れますから」
な…、疲れる、だと……。確かに重力に逆らって飛ぶなんて体力を消耗するだけなのだろうが、だがしかし、夢ってものがあるだろ、夢ってものが!
「…あの、夢ってなんですか?」
思わず口に出していたみたいだ。
「ゆ、夢というか、ロマンというか…」
「簡単に夢なんて口にするのはどうかと思いますけど」
む…遠のく意識をつなぎ留めるのが精一杯だった。
セファリアに手を引かれやっとたどり着いたのは、大きな洞窟の入口のようだった。
その暗闇の中へ入っていくと、突如として、目の前にトウキョウシティーもかくあらんとばかりの大都会の光景が広がった。
「もうスーツを脱いでも大丈夫です。ほら、これ飲んでください。疲れてるんでしょ」
道端に座り込んでいたオレは、タブレットを受け取り口に放り込んだ。すると不思議なことに、体中にみるみる力がみなぎってきた。
「あぁ…助かったのか…」
クリアになった視界で街を眺めていると、妖精たちがせわしなく行き来している。
「さあ、こっちです」
そこは古めかしいビルの一室だった。
「先生を呼んでくるから、ちょっと待ってて」
部屋を出ていったと思ったら、すぐに戻ってきた。
「地球からはるばるよく来たな、若者よ」
男は入ってくるなりハリのある若々しい声でそう言った。が、その姿は、ヨレヨレでうす汚れた服を着た眼鏡の…ただのおっさんじゃねーか…。ここはせめてピーターパンだろう。オレの夢を返せ!
「夢?」
また口に出していた。
「さっきも夢がどうのこうのと言ってました」
「仲間をたくさん失って、まだ混乱してるんだろう。だが、休んでいる暇はないぞ。来たばかりのところ申し訳ないが、キミには地球の案内をしてもらう」
「は? 地球の案内??」
「そうだ。我々はあと2日以内に地球に対して宣戦布告をするつもりだ。地球のだいたいの地理情報は把握しているが念を入れてな。あとはセファリアに聞いてくれ」
「おいおい、待ってくれよ! それじゃ、英雄どころか大悪党じゃねーか!」
光の妖精 蓮見庸 @hasumiyoh
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