第50話「永遠」


「治せるって......?医療技術を身につけてるの?」

「いえ、けど私なら治せます」


 キッパリと言い切った涼音にカルマはぐっと押し黙った。それ以上何かを言うことは雰囲気が静止してきたのだ。

 涼音はバッグの中からずっと外へ出歩く時は忍ばせていた一つの容器を取り出した。


 その容器の見た目はとても古い。つい最近に買ったものではないだろう。じっと見つめるカルマに涼音はこほん、と一つ咳払いをすると、ぱかっと開けた。


「カルマさん、私のどうしようもない話を聞いてくれますか?」

「......あぁ」

「これから話すことは誰が何と言おうとも私の人生ですし、真実です」

「わかった」

「カルマさんはこれが何かわかりますか?」

「いや、ごめん。俺には翔ほどの教養はなくてなぁ」

「いえ、日本人なら教養がなくても一度は絶対に聞いたことがあるはずですよ。......かつてかぐや様がまたいつか遊びに来た時に誰かが見送りに来てくれるように人に託した不老不死の薬」

「......蓬莱の仙薬」


 カルマの言葉に涼音はこくりと頷いた。

 なぜ涼音がそれを持っているのか、どうしてその話を今しているのか、という根本的な疑問は生唾と一緒に飲み込んだ。どれほどしつこく尋ねたとしても涼音はきっと教えてくれないだろう。


 それにカルマははっきり言って昔話に興味はない。ただどんな手段を使っても慎司を生き返らせて欲しいだけだ。


「私は地球で生まれた人間ではありません。かぐや様が持っていた蓬莱の仙薬のオリジナルを作り出した張本人であり、遠き星の下で愛する人と仲違えにさせられた一人の女の子......」


 涼音は言葉を澱ませることも途切れさせることもなくずっと話を続けながら、慎司の刺された腹部にその薬をぐりぐりと塗り込んでいく。


「地球で生まれた人間ではないと言いましたが、それも正確ではないですけどね。実際にこの身体は地球に来てからできたものですし。でもこの知識と記憶は星にいた時のものも持っていると言うだけです」

「あーごめん、俺の頭が悪いせいで話の半分もついていけないんだが」

「簡単に要約すると私は先程までの無害な人ではなくなり、奇怪な、もっと言えば警戒すべき人物になったと言うことです」

「どうして?俺にとっては涼音さんの出自などどうでもいいんだ。ただ慎司を助けてくれればそれでいい。だから自分をそんなに卑下する必要はどこにもない」


 カルマからの言葉は涼音の心をじんわりと温めた。どれだけ冷たい言葉を浴びせてもきっとカルマには効かないのだろう、と言うのが何となくわかってしまう。

 涼音は自分でもうこれ以上、ここにはいられないだろうと思っていた。慎司に隠し事をしていたということ、それから当然怪しまれるべき人間になってしまったこと、さらには噂が広まって迷惑をかけてしまうこと。


 それらを鑑みるとこれからも慎司と一緒にいるよりもこれからは一人で生きていく方が周りにとってはいいのかもしれない。そんな感情が涼音にはあった。


 そんな時、パシッと腕を突然掴まれた。


「そんな悲しそうな顔しないで。僕はキミとずっと一緒にいるんだから」

「意識が回復した!!やりやがった!!はっはっ!!」

「待っていたよ、旦那様」


 涼音は嬉しさのあまりによしよしと慎司の頭を撫でた。

 慎司はまだ意識があるだけですぐに動き出すことは難しいのかされるがままにしていて気持ちよさそうに目を細めていた。


「俺はちょっと翔に電話して来る」


 雰囲気を敏感に察したのか、カルマは自然な感じで席を外す。


「どこまで聞いてた?」

「大体は。最初に言っておくけど、涼音ちゃんが何者であろうとも僕は今の涼音ちゃんが好きだから何も変わらないよ」

「ありがと。私も旦那様のことが好き」

「涼音ちゃん......」

「一つ、話したいことがあるの」

「うん、何かな」

「私ね、初めて旦那様を見つけたときに「見つけた」って思ったの。......一目惚れ、的な。もう出会うことはないって決めつけてた運命の人に」

「僕もだよ。一目惚れだった」

「慎司くんはどうして自分の名前がシンジって言うのか知ってるの?」

「......なるほど、そう言うことか」


 慎司は小さく呟いた。そこに話の脈絡が途端になくなり、涼音は困ったような顔を見せる。しかしそれを意に返すこともなく慎司は一人で納得していた。


「古い言い伝えに神の子孫は星になって行くって言う話をずっとおばあちゃんからされていたんだ。僕はその時、何もわからなかったけど、今はわかる」

「どうして?」

「僕の名前は神の子、シンジだったんだ。そして僕は織姫様であるキミと出会うことができた」

「記憶を失ったはずなのにここに辿り着くことができるなんて。お帰りなさい私の彦星様」


 慎司と涼音は軽く口づけを交わした。

 優しいそれはお互いがお互いを包み込んでいるような安心感と相手をもっと求めてしまうような依存力も兼ね備えていた。


 神の子でありながらもその記憶を失い、人として多少の不自由を味わいながら生きてきた慎司と、記憶を継承して人として生まれ変わった涼音。その両者は今、日本全国民が七夕になれば意識するであろう二人の仲睦まじいカップルだとは誰も思いもしないだろう。


 星の下では邪魔をされて天の川をかけられてしまい、結婚もすることができなかった。


 しかし、今はどうだろう。手を伸ばせば涼音がいる。優しく撫でることもできればギュッと握りしめることもできる。


 慎司が照れ臭そうに笑う。

 涼音はその慎司の表情がたまらなく愛おしいと言わんばかりににっこりと微笑み、立ち上がってギュッと手を繋ぐ。


 彼らの向かっていく先は満点の星空で輝いていた。


                              おしまい

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一目惚れをした美少女にその場で告白したら「結婚してくれるなら」と返された件 孔明丞相 @senkoku

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