これは第二十四話の、あくまでも個人的な続きです。

 俺は呆然と立ちすくむ。とは言うものの体はオートバイのままだったし、シートの上には小型犬のボストンテリア——宇宙犬のウェスト博士がチョコンと座っていた。


 突然、眼前の巨大なプールに湛えられた大量の水が排水され始めた。轟音をたて、渦を巻きながら水位が下がっていく。そして、その中から朱色に輝く人型機動兵器が、地下からせり上がってきた。


 それは身長が12m程度の、細身の機体だった。


「これは……コード・ヘリオスじゃないか」

「ウェスト博士。それ、何ですか?」

「航空機へと変形する人型機動兵器だ。ワンオフの機体でな、なかなか出会えない珍しい存在だ。きっと、良いことがあるぞ」


 珍しいロボットを見たからと言って、幸運が舞い込んでくるとは思えない。しかし、ウェスト博士は尻尾を激しく振り回して興奮していた。


 ヘリオスを乗せた台座が、地上より高い位置へとせり上がった。そして変形を始める。


 幾つもの細かいパーツに分解され、そして再構成されていく。それは朱色に輝くティルトローター機へと変形した。上方に向いた二対のローターが回転し始め、ヘリコプターのように垂直に上昇していく。


 コクピット内には男女二人の姿が見えた。

 一人は舞台女優の野々村チエコ。もう一人はユース・K・ジリノフだった。


「あれ……どこに行くんすかね」

「呑気に構えている場合ではないぞ、栄吉。最重要人物が、今まさに逃亡を企てている場面じゃないか」

「最重要人物? チエコさんがですか?」

「ユース・Kの方だ。馬鹿者!」


 朱色のティルトローター機は主翼とローターを水平方向へと向け、飛び去って行く。


「待て待て!」


 けたたましい叫び声を上げ、ラボから一人の女性が走ってきた。タイトスカートの彼女は走りづらそうだった。


「くそう。逃げられた」


 ハアハアと激しく呼吸する彼女は、俺とボストンテリアを見つける。


「貴方、矢場杉栄吉ね。あのヘリオスを追いかけるのよ」

「追いかけるって? 俺はオートバイだぜ。空は飛べないだろ?」

「寝言は寝てから言うものよ」


 それはこっちのセリフだろと思うのだが、彼女はお構いなしに俺に跨ろうとする。しかし、タイトスカートが邪魔をして上手く跨ることができない。


「ああ。面倒ね」


 彼女は両手で、スカートの裾を掴んで引きちぎる。もろに太ももをさらして、今度はがっちりとオートバイに跨った。


 ストッキングの感触と、ムチッとした太ももの感触が心地よい……オートバイに女性が跨るってのは、こんな快感を味わえるのか……。俺は少々興奮してきた。


 彼女はセルを回してエンジンを始動。そしてクラッチを握ってギアをローに叩き込む。そして激しく白煙を拭きながら、フロントタイヤを高々と上げてロケットスタートを決めた。


 そして、フロントを上げたままの俺は、何と空に浮き上がって走り続けているじゃないか。どうなってるんだ。


「さすがはエターナル栄吉ね。ちゃんと空飛べるじゃん」

「いや、意味わかんないんですけど。何で飛んでるんですか?」

「この車体はマッハのエンジンを次元接続してるの。マッハは音速。つまり、空を飛べるの」

「ますますわかりません。ところで貴方は誰?」

「竹上千絵。あんたの生みの親ってところよ」

「俺のおかんはあんたみたく美人じゃないんだけど」

「バイクの方に決まってるじゃないの」

「なるほど……ところでウェスト博士は何処に?」

「ウェスト博士?」

「あの犬ですよ。白黒のボストンテリア」

「ああ、アレね。跨るときに邪魔だったから蹴飛ばしといたわ」

「そうだったんですね。気がつきませんでした。ところでこれから何処に行くんですか?」

「ミカンサの所よ。彼女が持っている秘密兵器を受け取りに行くの」

「秘密兵器って?」

70セブンティAAダブルエーよ」


 そういえば、ウェスト博士もその名を口にしていた。まるで女性の、下着のサイズのような表記だけど……。


 白煙を吹きながら空中を疾駆する俺。そしてあろうことか、あの朱色のティルトローター機を追い越してしまった。


「え? 何で航空機より速いの?」

「ふふふ。これが私の技術よ。このバイクはね。後輪に次元駆動スパイクを打ち込んであるの。これ、時間軸に対して駆動力を持ってるからね。三次元を飛んでる飛行機よりよっぽど速いのよ」


 まあアレだ。全く持って意味不明だなこれは。


 そうこうしているうちに、どこぞの邸宅へと到着した。東京ドーム一個分って位の広大な敷地にデンと構えている洋館だった。


「ついたわ。ここにミカンサがいるの」


 竹上がにやりと笑った。

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絶対防衛兵器の起動 暗黒星雲 @darknebula

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