第2話 絶対防衛兵器

「全く意味が分かりません。私、もうちょっとで撃墜されるところだったのに」

「そうね。でも、考えても仕方がないわ。ストライクに戻りましょう」

「はい。美冬姉さま」


 全翼機トモエとオルレアンは、月軌道上の輸送船ストライクに向かって上昇していく。


「空母一隻、巡洋艦級五隻を確認。太陽系外へ転進します。先のアンノウン五機は空母に着艦した模様」

「ありがとうジャンヌ。でも、今まで姿を見せなかったのに、どうしてなのかしら」

「理由は不明です。しかし、全力で撤退しているかのようです」


 オルレアンのAIであるジャンヌの返事に美冬は頷いている。


 空母一隻と巡洋艦五隻。

 地球の航空兵力を圧倒的に凌駕するであろうこの戦力が撤退すべき事案とは何なのだろうか。美冬はその理由がわからなかった。


「あ……ああ……」

「どうしたの? ジャンヌ」

「ああ……あああ……」


 突然、AIのジャンヌが動作不良を起こしたのか、単調な母音を連続して発していた。


「大丈夫?」

「あああ………………………………………………大丈夫です。美冬さん」


 突然、AIの音声が変化した。

 そして、モニター上には黒髪の、瞳の大きな女性が映し出されていた。


「貴方は誰ですか?」

「私はクレド。アルマ・ガルム・クレドです」


 アルマ・ガルム・クレド……。

 美冬はその名を聞いたことがあった。しかし、どこでそれを聞いたのか思い出せない。


「美冬さん。忘れちゃったの?」


 モニターの中の女性は首を傾げて不満げな表情を見せる。そして体を揺するのだが、その豊かな胸元がふるふると揺れる。美冬はその様に少なからず嫉妬心を抱くのだが、顔には出さない。


「そのクレドさんが何の用ですか? ちょっと今、取り込み中なんですけど」

「そうね。取り込み中だから焦って貴方にアクセスしたんだけど」

「……」


 美冬は絶句した。

 彼女はもう訳が分からないようで、しきりに首を振っている。


「今、地球は存亡の危機に立たされているのよ」


 美冬は、確かにそうかもしれないと思った。妖刀葉桜を巡る争奪戦に、謎の宇宙艦隊が介入して来たからだ。


「そう……かもね。で、どうするの? クレドさん」

「あいつらをやっつけるのよ」

「今、撤退しているあの艦隊をですか?」

「アレは当然潰します。でもね。今、外縁部に数百隻の戦艦が終結してる。彼らはその数百隻の戦艦を使って、空間に巨大な重力子砲を構築しているの」

「まさか、それで地球を撃つ気なの?」

「うーん。照準は太陽ね。超出力の重力子砲を使って、太陽をブラックホール化しようとしている」

「それって、地球どころか太陽系がなくなっちゃうって事ですか?」

「そうね。惑星は地球を含め、木星まで全て吸い込まれる。だからね。さっきいた先遣艦隊は安全策を取って撤退したのよ」


 モニターの中の女性は笑顔で頷いている。


「えーっと。お話は分かりました。それで、私は何をすればよいのでしょうか」

「私のマスターになって下さい。仮でよいので」

「はい。わかりました」


 美冬はそう返事をしたものの納得している訳ではなかった。しかし、彼女の直感はこの事実を全面的に肯定していた。


『さあ起て。今こそ其方の力を開放する時だ』


 美冬の胸に、そんな言葉が浮かぶ。


「では、このオルレアンを核に絶対防衛兵器を構築します。心を穏やかに保ってください」


 美冬は目を閉じて頷く。

 その瞬間、美冬の全身が眩い光に包まれた。また、オルレアンも同様に激しく発光していた。


 オルレアンを包む光は実体化を始め、それは人の形となっていく。。


 そこには全長30mの、大きな人の姿を模した神像……アルマ・ガルム・クレドが実体化していた。金色の鎧に身を包んだ神像。ただし、脚部はなく、背には四枚の輝く翼が広がっていた。


「さあ美冬さん。最初の仕事はあの先遣艦隊を沈める事です」


 クレドの言葉に美冬が頷く。

 絶対防衛兵器、クレドはその背の翼を羽ばたかせた。一瞬で、何の加速度を感じる事もなく、数億キロメートルの空間を一気に跳躍した。美冬の眼前にはあの先遣艦隊が全速で航行していた。


 クレドは腰の剣を抜き、それを十字に振る。剣の先から数十の光弾が放たれ、先遣艦隊に襲い掛かった。


 ほんの一瞬で、空母一隻と巡洋艦五隻の先遣艦隊は宇宙の塵と化した。その残骸すら探知できない。


「上出来です。では、今から本体を叩きますよ。都合よく、数百隻の戦艦が密集隊形を取ってますからね。一網打尽にします」

「あの……」

「何でしょうか。美冬さん」

「降伏勧告はしないのでしょうか?」

「無用です。絶対防衛兵器は、自らが守るべき星に刃を向けたものに対し、情け容赦する事はありません。私に敵対する行為は殲滅を意味します」


 殲滅、皆殺し……数百隻の戦艦を容赦なく消し去るのか。

 クレドの苛烈な宣言を耳にした美冬の胸が痛む。しかし、相手は太陽系そのものを消し去ろうとしているのだ。そんな連中に掛ける情けなど無い事も、美冬は理解していた。


 クレドの背に広がる四枚の翼が羽ばたく。そして、絶対防御兵器は瞬間的に外縁部へとジャンプしていた。


 そこでは数百隻の戦艦が、細長い円錐状に配置されている。それはまるで、西洋の騎兵が用いた〝ランス〟のような形状だった。


 その戦艦群は〝クレド〟出現に面食らっていた。個々にビーム砲で射撃を開始した。散発的な攻撃だが、その強烈なビームは一発で一つの都市を壊滅させるだけの熱量を持っていた。しかし、その強烈な攻撃も、クレドの周囲に展開している障壁を貫くことはできなかった。ビームはねじ曲がり、拡散していく。


「美冬さん。やっちゃいますよ」

「はい」


 美冬が頷くと同時に、クレドの額が輝きそこから眩い光線が放たれる。その光芒の一薙ぎが数十の戦艦を切り裂く。そして切り裂かれた戦艦は、各々が激しく発火し爆発した。


 密集隊形を取っていた戦艦群はパニック状態に陥った。逃げようと隊形を解く者、クレドに向かって突っ込んでくる者など様々であったが、クレドが振るう剣から発せられた多数の光弾が、その戦艦群を次々と屠っていく。再びクレドの額から発せられた激しい光芒の一薙ぎが、生き残った戦艦群を切り裂いていく。


 僅か数分の出来事だった。

 数百隻の戦艦が密集していた宙域は、重力の歪みを残し、何も存在しない空間へと変貌していた。


「殲滅しました。美冬さん。お疲れ様」


 お疲れ様と言われた美冬であったが、今、眼前で起こった事実を上手く認識できなかった。


「あの……そこにいた戦艦って、凄い強かったんですよね」

「ええ、そうですよ。あの戦艦数隻で、地球上の全てを焼き尽くすことが可能です」

「そんな戦艦が数百隻いて……それをわずか数分で殲滅した……」

「ええ、そうです。それが絶対防衛兵器の力なのですよ」

「それこそがデバイスの力……」

「そうです」


 美冬は途端に恐ろしくなった。

 宇宙最強とも言うべき力を行使してしまった自分に。そして、そんな最強の兵器が地球に存在している事に。


「一つ質問してよろしいでしょうか。クレド様」

「はいどうぞ」

「この力を他の星を侵略する事に使えば、銀河の統合も容易いと思うのですが」

「一つの仮定としてはそうなりますね。でも、ご安心ください。私は絶対防衛兵器なのです。地球人が私の力を侵略に使おうとするなら、私は地球人を敵として認識するでしょう」


 美冬はその一言に愕然とした。

 絶対防衛兵器は、同時に自分達に突き付けられている諸刃の剣でもあるという事に。


 クレドは再び光に包まれ、月軌道上へとジャンプしていた。絶対防衛兵器はその姿を消失し、元の姿、トリプルDのオルレアンへと戻っていた。


「美冬姉さま。どこへ行ってたのですか? 数分間、姿が消えていました。ものすごく心配したんだから」

「ごめんなさい。後で報告します」

「ハルカさんを回収しろって。私がトモエで行きます。美冬姉さまはバックアップをお願いします」

「わかったよ、ノエル」


 ハルカ・アナトリア大佐はその精神を汚染された。その結果、地上で暴れ、彼女の義体は数カ所の損傷があった。


「あーこれ、また修理代がオヨヨのパターンでは?」

「意識は?」

「かろうじて。さあ大佐、帰りますよ」

「わかった……」


 ハルカを前席へと乗せ、トモエが離陸した。

 美冬のオルレアンも一緒に上昇していく。


 美冬の心の奥から、絶対防衛兵器の記憶が徐々に蘇る。

 絶対防衛兵器の起動は数万年に一度と言われている。その瞬間に立ち会えた事は幸運だったのだろうか。

 そして、その絶対防衛兵器をもたらしたデバイス。それが地球上に存在する限り、再び侵略者が現れるかもしれない。そして、絶防衛兵器はその全てを退けるのだろう。


 絶対的な安心……。

 それは違う。むしろ恐怖でしかない。

 

 その絶対的な力が、いつ人類に向かって突き付けられるかもしれないからだ。


 美冬の心から、陰鬱な感情が消える事はなかった。

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