マーダーミステリー『殺害予告』

ぎざ

殺害予告


◆マーダーミステリー『殺害予告』




『登場人物』


 以下の【私】【読者】【仲間たち】が、あなたたちに割り振られた役です。

 そのどれかを演じ、役目を果たしてください。




【私】


 あなたは『私』です。

 そこそこ名の知れた推理小説家です。

 今日は読者との交流会。そこで、読者の中でも、とある熱狂的な読者、狂信者ファンから殺害予告が届きました。

 読者との交流会ではありますが、あなたは性別も本名も個人情報は全て隠してきました。何も言わなければ、推理小説家だとバレることはありません。

 交流会では、命を狙われているので、作家であることは隠してください。

 しかし、あなたには仲間がいます。

 ファンにはバレないように、しかし仲間たちにはあなたが作家であることをアピールしてください。

 ただし、過度なアピールは熱狂的なファンにバレてしまうので注意が必要です。




【読者】

 あなたは『読者』です。

 あなたはとある推理小説家の熱狂的なファンで、今日はその推理小説家の読者との交流会。

 その交流会で、あなたはその小説家を、とある作品をモチーフにして殺すつもりです。

 最近新作を書き悩んでいる作家のためです。


 しかし、肝心の作家が誰であるかは分かりません。

 会話から読み当てて、彼を、もしくは彼女を殺してあげてください。



【仲間たち A、B、C】

 あなたは推理小説家の仲間です。

 同じく作家でありながら、推理小説家の読者でもあり、推理小説家の力になりたいと思い、集結しました。

 しかしながら、誰がどの作家だか分からないため、助けたい『推理小説家』と、『危ない読者』を判別できません。

『危ない読者』を探り当て、警察に通報したら勝ちです。



【警察】

 推理小説家の命が狙われている。

 という匿名の通報によって、仕方なく読者との交流会にやって来ました。

 唯一犯人を捕まえる特権を持っています。



 上記の【私】、【読者】、【仲間たち】、そのどれかの役割に則って、以下の交流会を過ごしてください。



 ◆


【推理小説家 読者との交流会】



「じゃ、入口にいるから、何かあれば知らせてください」


 警察官はフロアにいる数人を一度見やると、興味が無いのかすぐに持ち場に戻った。


 頭上には大きいシャンデリアが煌々とかがやく。


 名前も素性も知らぬ男女がフロアにまばらに集まった。

「単刀直入に申し上げます。この集まりに、先生を殺そうとする熱狂的な読者ファンがいるそうです」

 若いサラリーマン風の男が名乗りを上げた。


「おい! 急になんてこと言うんだ」

 中年の帽子を被った男が制しようとするが、動揺は収まらない。


「静粛に。私たちがここに集まった理由をお忘れですか? 先生を守るため、危ない考えを持つ狂信者を警察に突き出すためにここに来たのです」


 紅一点の長い髪の女性がそう高い声で言い放つと、逆にフロアは静まり返る。


狂信者ファンは、皆さんの中から先生を見つけ出す。私たちはこの集まりの中から狂信者を見つけ出す。さぁ、皆さんの持ち前の推理力で先生を守るのです」


 静寂を割って最初に切り出したのは中年の男性だった。

「ふん。先生のファンなら一番好きな作品を教えてもらおうか。私は『落ちこぼれの殺人』が最上だ。あれを読んだ時、今までのトリックにはない、光明を見いだした。路傍のホームレスが金持ちを殺すだなんて、とんだ成り上がりもあったもんだ。彼の書く物語をもっと、読みたくなったんだ」


 次に語り出したのはサラリーマン風の男だった。

「いきなり『最も好きな作品』を問われて、すぐに出てこないのが、先生の作品の層の厚さじゃないですか。そうですね。僕はなんと言っても『フラッシュバック』ですね。最初の読後感。タイトルに隠された意味を知るとより鮮明に走馬灯が駆け巡るようでした」


 私は、私は、と数人の参加者がそれぞれ推理作家の小説のタイトルを上げた。パーティ会場を舞台にした、シャンデリアが特定の人物の頭上にだけ落ちるトリックや、特定のワイングラスにだけ毒を盛ったりと、その場で聞いている限りなかなか物騒な話になった。

 それらのタイトルは皆傑作で、全員が推理作家のいちファンであることは疑いようもなかった。


「私のイチオシは、『回転城の呪い殺人事件』だけど……、先生の傑作を挙げているようじゃただの雑談だわ。私は知っているのよ、その熱狂的なファンはね、先生に自作の推理小説を送り付けているのよ。そうなんでしょう? あなたは先生が好きなんじゃなく、先生に認めて欲しいだけなの!」


「なんだって?」

「そんな恐れ多いことをしているのか」

「自作の小説を、推理作家に送り付ける奴なんか、5万といるだろう。その程度の知識では何の情報にもならない」


 中年の帽子を被った男性は苦言を呈した。


「そう。ならこれはどう? 先生はね、その自作の小説に全く目を通していない。だから熱狂的なファンは、先生を殺そうとしているのだわ。可哀想よね、ねぇ、誰かさん」


「…………ちょっとよろしいですか?」


 サラリーマン風の男が手を挙げた。


「自作の推理小説を送り付けられている、その辺りならば、そこの男性が言っていたように、よく聞く話です。しかし、その自作の推理小説を読まれていないことは、当事者の熱狂的なファンしか知りえないのでは無いでしょうか?」


「そ、そうだ! お前が犯人だったのか……!」


「なっ、ちょっと、手を離して!」


 女性は腕を乱暴に掴まれると、入口に連れていかれた。


「すみません。彼女が殺害予告をしている読者です。連行して、話を聞いてあげてください」


 欠伸をしていた警官は、「分かりました。じゃあ自分はここを離れてしまいますよ。いいですか?」と聞いた。


「はい、お願いします」


 サラリーマン風の男性は、ニヤリと笑った。




 ◆


「おい! 警官が行ってしまったぞ。先生をお守りしなくていいのか?」


「大丈夫。先生は一番安全なところに行ったよ」


「は? どういう事だ?」

 中年の男性は首を傾げた。


「熱狂的なファンの自作小説が読まれていない、なんてこと、小説を送り付けた本人が分かるはずがないでしょう。そんなことが分かるのは、送り付けられた側の人間だけ。つまり、彼女こそが推理作家先生だったんですよ」


 犯人を見つけ、警察に突き出したように見せかけて、実は一番安全な警官に先生を預けていたのだと言う。


「そうだったのか。なかなかやるじゃないか」


 サラリーマン風の男は、周囲の緊張感を解すように手を叩いた。


「先生が退出なされた今この場には、読者も狂信者も無いでしょう。お互いに良き仲間として、先生の作品について、ミステリー談義に花を咲かせようじゃありませんか」


 会場に活気が溢れた。

 頭上のシャンデリアは、落ちることなく、会場を照らし続けた。





 ◆


 推理作家を乗せた警官の車は、一度も警察署に寄ることなく、既に三十分ほど経過していた。



「ねぇ、警察に連れて行ってくれるんでしょう? 近くの交番でもいいんじゃないの?」


 懐に忍ばせた催眠スプレーを、ハンドルを持っていない方の手で撫でた。バックミラーで推理作家の顔色を伺う。


「先生。俺が送った小説、読んでくれていませんね。警官に扮した犯人が、先生を殺す内容の、ね」


「え?」


 二人はバックミラー越しに目が合った。


 警官の格好をした熱狂的な読者は、推理作家の恐怖を肌で感じて、悦に入った。





 完


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