作者と読者で作られた、ファンタジー
蜜柑桜
本当に読者様のおかげで生まれた小咄
天空へ
透き通った鐘の音は、海からの風に乗って町のすみずみにまで伝わり、花々を、木々を、野の動物や家畜、そして人々の目を覚ましてゆく。
一日が動き出す。
民家の納屋が開けられ朝の仕事が始まる。市場では焼き上げられたばかりのパンが道行く人の足を呼び寄せる。果物売りが両手に網籠を抱えてよいしょと持ち上げ、そのそばを新聞配達の小僧が鞄をひっさげ駆けていく。
また一日が始まった。
この国に、他に時計はない。鐘楼の時計の針だけが、時という名のつく全てのものの基準となる。
このシレア国では、それだけが「時間」の刻みを知る手がかりだった。
国を南北に流れるシューザリエ川が通る首都、シューザリーン。国の宝である時計台を中心に広がるこの街は交通の要所であり、交易の中心でもある。時計台を挟んで東西には石の塔が一つずつ立ち、政治中枢であるこの街を守る。そして城下町からさほど離れずに立つのは、王族の居城であり、この国全土の民の生活を司るシレア王城。
先王、母后が逝去したのちこの国を治めるのは彼らの子女である第一王子と第二王女。
急に作者が本文に介入するのをお許しいただきたい。
彼らは作者の長編ファンタジー、「時の迷い路」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889868322
および「天空の標」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054891239087
の主人公であり、この短編は、本編では決して語れない、彼らの日常の話である。
なぜこのような話が書かれたのか、といえば。
以下の本編は頂戴した
なぜこのような話が生まれ得たのか、といえば。
読者の方々の
したがってこのお話は作者一人で出来たのではなく、読者の方が種と中身を下さったからなのである。
それではごゆるりと。
***
シレア王城の朝は早い。朝日に明るさを増す白木の扉を開けて、若い娘が庭から城の中へ滑り込んだ。娘は慣れた足取りで階段を駆け上がり、城内の広い廊に出る。
「あら、おはようお兄様。もう鍛錬を終えられたの?」
紅葉色の瞳を明るく輝かせ、娘は廊下の向こうからきた人物に声をかけた。呼び止められた長身の男性は細身の美丈夫。額に光る汗を布で拭いながら、蘇芳の瞳を娘の方に向け、端正な顔に微笑みを浮かべる。まだ二十七の若さにしてこの城の主人の一人である、シレア国第一子第一王子カエルムである。
「ああアウロラか。これから着替えて執務室に向かう。朝の会議までまだ時間があるからな」
「あまり根を詰めてはまた怒られてしまうわよ?」
これまた
「それよりもアウロラこそあまり寝てないのじゃないのか。私は特に疲れは出ていないし問題ない」
「そんなことを言って、また無理しているのを見つかったら怒られ……」
「もう見つけてます」
二人の背後で怒りとも呆れともつかない調子を含んだ声がした。振り返ると、カエルムよりやや背の高い長身の男性が嫌そうな顔をして立っている。
「早いなロス」
「まだ寝ていていいのに」
「殿下には昨日徹夜なさった分、今日は寝ているようにと申し上げましたよね。そしてまた姫様は庭の水やりとは、下の仕事をとって」
「仕方ないわよ、起きちゃったし花が綺麗だったんだもの」
「ああ、気遣いに礼を言わねばな。大丈夫、昨晩早めに寝たから今日は目覚めもすっきりしていて」
王女と王子が揃いも揃ってにこやかに返したが、王子側近の方はため息混じりに主人の言葉を遮った。
「なんだってそんなに仕事好きなんですか……ったくこの間も一人で遠方出かけちゃって揉め事が起こってた役人のところ行って交渉して」
「いいじゃないか解決したのだし」
「だからといって無茶なさりすぎなんですよ。だから
「なにかいまロスらしくない言葉が聞こえた気がするのだが」
——読者様が《天空の標》に付けてくださった「(ライトノベルとは遠い)本編の雰囲気では絶対につきそうにないタイトル」である(©︎ゆうすけ様)。
「まあ、あまりにお兄様が無理するようだったら私が止めていくから大丈夫」
先の秋にカエルムの留守中、国の危機を救うために奔走した王女が
——こちらも読者様が付けてくださった本編の雰囲気ではあり得ないタイトルである(©︎ゆうすけ様)。
さて、彼ら王族と気苦労の多い従者が日常茶飯事を繰り広げている最中、厨房でも下男と料理長がちょっとした珍妙な会話が交わされていた。
***
「なぁおやっさん」
「なんだシードゥス」
しかめっ面で果物を飾り切りにする料理長に、朝食の卵を火にかけていた下男がおもむろに口を開いた。歳の頃は王女より二歳ほど上。黒に近い髪が艶やかな好青年である。
「俺、今日変な夢見たんだけど」
「ほほう?」
「なんかおやっさんが異国ですごい大きい鉄鍋と長い銀のおたま持ってて、超強火で野菜と肉炒めててさ。辛そうな料理で」
「知らん、そんなのは」
顔に刻まれた皺をさらに深くし、料理長は皿の上にりんごの薄切りを白鳥の形に重ねていく。下男は卵を楕円形に整えながらさらに続けた。
「見た目がおやっさんそのままなのに変な名前ついてたんだよな。よく聞き取れなかったけど、『エイ……』なんだっけ」
——中華飯店店長『
「そんな輩は知らん」
——読者様が作ってくださった
続いて冷やした乳を高速で泡立てながら、今度は料理長が切り出した。
「そんなことよりシー君」
「ちょっと待って、その呼び方なに」
「気にするな手が止まっとる」
——読者様からついた愛称ですシー君!
料理長の喝に、シー君は卵をかき混ぜる手を再び動かす。慣れた手つきである。その様子にちらと視線を投げて、料理長が問う。
「おまえさん、またなんで弓を始めたのか」
「んー……」
——読者様が「アーチャー・シードゥス」を想像なさったからです、料理長!(ここまで©︎如月芳美様)
「それで、上手くなったのか」
「そんなすぐには無理だよ」
「弓でロスに勝てんとシー君と呼び続けられるぞ」
「なにそれ、それ無理なやつ」
シードゥスが動揺に手を滑らし、鍋ががちゃんと音を立てる。苦いものを噛んだような顔をするが、諦めた方が良い。
その証拠に、早速彼は弓を手にする短編まで作られることになったのである。本人はこの経緯を知らないが。
***
そんな厨房のやりとりはさておき、廊下では王子についての評価がなおも取り沙汰されていた。
「まあでも確かに、お兄様が市中においでになると大変かもしれないわね」
「わかっていただけますか。姫様も貴婦人が集まる夜会ではご一緒しますものね。危ないですよね」
「何も危険なことなど」
妹と従者が意気投合して言い合うのに
——
こう従者と妹が言うのも当然といえば当然。二人の前で
——ちなみに
いや待て、訂正をせねばならなくなった。この部分を書いている途中に読者様から私信が寄せられたゆえ。曰く。
「『殿下』に『核弾頭』とルビを振り、その『核弾頭』に『天然人たらし』とルビを振ってください。」(©︎如月芳美様)
というわけで、
「お二人の人徳と才能は存じ上げていますけれどね、あんたの無茶で
「大丈夫よ。大臣だって悪くないことに怒ったりしないもの」
「妹には実の所、特に甘いな。まぁこちらも城の仕事や国政が進むようにしているのだから咎められることではないし」
こめかみを抑える従者だが、二人は飄々と廊下を歩いて行った。ところでこの従者、主人をあんた呼ばわりしていいのかと言われそうだがこれもまた板についてしまっている。ありがたくも読者様から好かれる所以の一つである。この人は作者のおらぬ間に殿下との会話が作られているほど非常に人気である。ありがたい。
気の毒といえば、年長者だというのにこの兄妹ゆえに気苦労が絶えない、と言ったところだろうか。
諦めた方が良い。何しろ有能なのに役回りが残念なのが人気なのだから。
シレアは今日も平和である。
このような「私と読者と仲間達」が生まれるくらいに、実に平和である。
重ねて申し上げるが、本編は盛大にシリアスである。
しかしありがたいことに、読者様からのさまざまな空想とご意見から、作者がこんな軽い小話を書けるという僥倖に与っている。
本編の様子はどうか
——いつもありがとうございます。第三作目も書けるように頑張ります。
他にも諸々スピンオフがあるが、読者様案を元に生まれた小話の一部が現在、番外編集になっております。
「あの人の日常や非日常」
https://kakuyomu.jp/works/16816452218626600234
皆様のシレア国へのお越しを心よりお待ち申し上げます。
作者と読者で作られた、ファンタジー 蜜柑桜 @Mican-Sakura
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