魔法少女たちの変身事情

凪野海里

魔法少女たちの変身事情

 都会は夜でこそ、真価を発揮するとミライは思う。


 事実。この町で1番高い場所から見下すことのできる景色には、眠っている場所など存在しないとばかりに、あちこちでネオンが輝きを放っている。おかげで夜空に本来輝くはずの星々の光はまばらで、まるで今にも消えてしまいそうな蝋燭の火のよう。

 ミライは俯瞰からの景色に人知れず、ため息をもらした。


「魔法少女の変身ってさ、世代ごとに変わるよね」


 何の前触れもなく、夜空のなかに座るアカリがそう言った。いや、座るなんて言葉はこの際正しくないかもしれない。どちらかというとアカリは浮いていた。けれど別に死んでいるわけではない。ちゃんと生きている人間だ。

 アカリは手にしているスマホで、眼下の世界を撮影していく。そこに映るものはおそらく、蟻んこ並みにちっぽけになってしまった人間たちの姿だろう。昨日も同じところで撮影をしていた。毎夜毎夜、同じことをして。まるで一種のルーティンみたい。

 飽きないのだろうかと思いながら、「何の話?」とアカリの言葉に首をかしげた。

 アカリはスマホから目を離さず、何度もシャッターを切りながら「子どもの頃」と口を開いた。


「見ていた魔法少女系のアニメではさ、ガラケーで変身してたんだよね。しかも魔法少女だけが持てる、専用のガラケー。真ん中のボタンを押して、『変身!』なんて唱えちゃってさ。それで魔法少女に変身するの。今思うと変な話だよね。科学が発達していったから、世の中は非科学的なこと――つまりは魔法を信じなくなったのに、携帯電話で変身って。携帯ってまさに科学の最先端って感じなのにさ」


 アカリはあきれたような笑いを含ませながらそう言った。


「昔の魔法少女がさ、何を使って変身するか知ってる?」


 ミライは「いいえ」と首を横に振った。そんなの知る由もない。ましてミライは最近まで、魔法少女になんて興味はなかった。幼い頃はアニメだって見ていない。両親が「そんな非科学的なもの見たって、将来のためにはなりません」と固く禁じてきたからだ。

 一方でアカリはつい最近まで――というか今でも魔法少女が大好きだ。毎週日曜日に放送する魔法少女アニメも欠かさず見るほどのお熱っぷり。現在高校2年生。そんな齢でいまだに魔法少女が好きなんて、ミライから見たらちょっと痛い。


「昔の魔法少女はね、杖だったり鏡だったりで変身するんだよ。で、魔法の呪文を唱えるの」


 アカリは立ち上がって、両手を胸の前にあてると何やらわけのわからない言葉を唱えだした。

 いったい何語? 宇宙人と交信でも始めるのか? ミライは困惑し、呆れながらも彼女の様子を見守った。少なくとも、今この場に自分と彼女しかいなくて良かったと思った。こんなこと、突然都会のど真ん中でやったら、間違いなく注目の的だ。まして今の時代は、何でもSNSで拡散する時代。アカリはあっという間に世界じゅうでさらし者にされるだろう。


「これが魔法の呪文」

「今の呪文だったんですか?」

「何だと思ったのさ」


 アカリが肩越しに振り向いて、静かにほほ笑んだ。


 そのとき。下から突き上げるような風が吹き、ミライの背中まで届く長い髪がぶわっと扇がれた。鬱陶しく思いながら、風のせいで暴れ狂う髪を両手でおさえる。ヘアゴムを持ってくれば良かったと少し後悔した。

 アカリがその近くで、「わっわっ」と小さく叫びながら足元をふらふらさせている。どうやら風に煽られたせいでバランスが崩れてしまったらしい。


「ったくもう。危ないですから、こっちに戻ってください」


 ミライはあきれながらアカリの腕をつかみ、ビルの屋上に立つ自分側へと引き寄せた。アカリは特に抵抗せずにミライの言うとおりにビルに戻って、着地する。


「ほら、来ますよ」


 空気の流れが変わったことを認識しながら、ミライは顔を正面へと向ける。隣のビルの屋上。こちらから見るとやや低い位置に、異形の化け物が蠢いている。それも1体ではない、10体、20体とだんだんとその数を増やしていっている。


「やれやれ、今日も千客万来だね」


 アカリは準備運動を始めながら、スマホを手に取った。

 ミライもポケットに入れていたスマホを手にして、「魔法少女」と書かれたアプリを呼び出す。ついでに、今思っていることをアカリにぶちまけた。


「さっきの話ですが。魔法少女の変身の仕方。今はさらに進化してると思いますよ。昔はガラケーだったけれど、今ではアプリで呼び起こせるんですから」

「まして、『変身』なんて言わないもんね」


 ミライとアカリは同時に「魔法少女」のアプリを起動する。

 すると2人の体はまばゆい光に包まれ、先ほどまで学校の制服だった2人の服は、ミライは青をモチーフにしたメイド服に、アカリは赤をモチーフにしたメイド服へと変わっていた。


「さて、今日も鬼退治といきますか」


 アカリは右手で作った拳を、軽く左の手のひらに打ち合わせ、隣のビルへと跳躍する。およそ文字通りひとっ跳びでいける距離でもないが、アカリの運動神経と魔力を鑑みればそのくらい朝飯前だ。難なく彼女は隣のビルに着地することができ、早速戦闘開始である。

 ミライは魔法で生み出したスナイパーライフルを構え、隣のビルの様子をうかがう。スコープ越しには異形の化け物たちがはっきりと見えた。


 引き金を引く前にふと、お母さんの言っていた言葉をもう一度思い出す。


 ――魔法少女なんて。そんな非科学的なもの見たって、将来のためにはなりません。


 思わずミライは笑いそうになった。

 何が非科学的だ。今の魔法少女はスマホのアプリで変身して、世の中を救うために日々戦っているのだ。

 もしそんなことを言ったら、お母さんは卒倒するだろうか。それとも「おかしな病気にかかった」とか言って、娘を精神病院にぶち込もうとするだろうか。

 そんなことが想像できてしまうから、簡単にこの秘密は話せない。


 アカリが脳に直接「援護お願い!」と叫ぶ声を感じながら、ミライはスコープ越しに映る化け物に向けて、引き金をゆっくりと引いた。

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