煙草とアイスレモンティー…。

宇佐美真里

煙草とアイスレモンティー…。

カフェ…と謂うよりも往年の"喫茶店"と謂った方がしっくりと来る店内で、ソファに深く腰を埋め、私はコーヒーを飲みながら文庫本のページを捲っていた。


隣の席、斜向かいのソファに腰を下ろした男性が、ウエイトレスの持って来た"おしぼり"の袋を開けながら言った。

「アイスティーお願いします」

「レモンにしますか?ミルクにしますか?」と尋ねるウエイトレス。

男性は「レモンで…」と答えた。


隣で交わされた"一往復半"の遣り取りに、ふと私は遠い記憶を呼び起こされた。


「私、コーヒーで。先輩は?どうします?」

「俺、アイスティー」

「レモンとミルクどちらにしますか?」と尋ねるウエイトレス。

「レモンで…」先輩は答える。

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

ウエイトレスが席を離れると、私は先輩に訊いた。


「先輩って、いつもアイスティーですよね…。コーヒー嫌いなんですか?」


「嫌いじゃないけど…。俺、煙草喫うじゃん?煙草喫ってコーヒー飲んだ後の口の中の感じ…。あの後味が嫌なんだよね…。だから紅茶」

其う言いながら先輩はテーブルの上に置いていた赤いマールボロのソフトケースから一本を取り出すと、愛用のジッポーで火を点けた。

何度か先輩の真似をしてアイスティーを頼んだあの頃の私…。だが、煙草を喫わない私には、当然其の"後味"を理解出来ることはなかった。


今では信じられないことだけれど、当時は大抵の喫茶店に煙草の煙の匂いが漂っていた。


「お待たせしました…」

トレイにアイスレモンティーを乗せ、ウエイトレスが再び隣の席へと遣って来る。「どうも…」と男性は言った。其のまま掌のスマートフォンから顔を上げず、片手でストローの包みを開けグラスに差すと、グラスを手に取ってひと口アイスレモンティーを啜った。


「此の人も、普段は煙草を喫うのだろうか…」


遠い昔、追いかけていた先輩の記憶を辿りながら、隣のソファに座ってアイスティーを飲んでいる男性をぼんやり眺めていた私に、気配を感じてか、男性も顔を上げる。気不味さに私は、慌てて微かに会釈して目を逸らした。其のまま誤魔化す様にしてカップを取り、冷め掛けたコーヒーを口にする。


全席禁煙の店内に、する筈もない煙草の匂いを嗅いだ様な気がしながら、私は手元の文庫本へと再び目を落とした…。



-了-

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