23世紀のスマホ

烏川 ハル

23世紀のスマホ

   

 灰色の道路の両側には、茶色の大地が広がっている。

 たまには緑の木々も見えるけれど、それも『木々』という群衆味ある言葉を使うのが申し訳ないくらい、ポツンポツンと点在するだけだった。

 見上げるまでもなく、前後左右どちらを向いても、澄み切った青空が視界に入ってくる。遥か遠くまで目を向けても、人口の建築物どころか、自然の山々や小高い丘も見えてこない。

 まさに「広大な大自然に包まれている」という感覚だった。


 そんな『大自然』の中を、一人でテクテク歩く。誰かとすれ違うこともないし、そもそも人の姿を見かけることもない。

 一日のうちに何度か、道路を走る車には出くわすが、それらもビュンビュン通り過ぎて行くだけ。ごく稀に、私の近くで停まり、声をかけてくる物好きもいた。数少なくない、誰かと言葉を交わす機会だ。

 そういう時は、私も快く応じるし、時には誘いに乗って、その人の車に同乗させてもらうことすらあった。昔でいうところの『ヒッチハイク』というやつなのだろう。



 幸か不幸か、今日一日は、そんな物好きは一人も現れなかった。

 だが、これこそが一人旅の醍醐味。そう思いながら、私はひたすら歩き続けて……。

 空の青が赤へと変わる頃。

 私は立ち止まり、大きく深呼吸をする。

 旅をし始めた頃は、大自然の空気を味わうだけで幸せを感じたものだが、今はそれだけではない。こうして夕方の空気を吸うと、昼間とは味が違うのがハッキリわかるのだ。

 いや口で感じるものではないのだから、正確には『味』と言うべきではないのだろうか。鼻腔を抜ける香りや、肺を満たす感触。それらが、昼間と夕方とでは、明らかに異なるのだった。

「とにかく、そろそろ一日の終わりだ」

 独り言を呟いた私は、ポケットの中からスマホを取り出す。

 今から200年以上も昔、21世紀の初頭に出回り始めたという、便利な小型器具だった。



 スマホ。

 正式名称はスマートフォン。

 その『フォン』が示すように、あの時代に大流行した携帯電話の一種だ。当時を知らない私からしてみれば、どうして『スマートフォン』の省略形が『スマホ』になるのか、少し不思議に感じていた。

 21世紀の人々は、誰も疑問を差し挟まなかったのだろうか。「『スマホ』ではなく『スマフォ』と呼ぼう!」という声をあげたり、署名運動をおこなったりする人々はいなかったのだろうか。

「まあ今になって考えると、これで良かったのかもしれないが……」

 一人で苦笑いしながら、道路から外れて、今晩の宿泊スペースを確保する。何度か「どうせ誰もいないのだから、道の真ん中で寝よう!」という誘惑に駆られたが、実行しないだけの分別はあった。

 眠る瞬間は『誰もいない』としても、おそらく夜間も道路を走る車はあるはず。もしも道の真ん中を宿泊地にしていたら、眠っている間に轢かれて死んでしまうことだろう。


 今晩の眠る場所を決めた私は、ふと「21世紀には、空前絶後のキャンプブームもあった」という話を思い出した。ほとんど都市伝説のレベルだが、その時代にアウトドア用品が爆発的な進化を遂げたのも事実だから、案外この噂には信憑性があり、私も「半分くらいは本当だろう」と信じていた。

 それこそ、私が今、手に持っているスマホだって、アウトドア用品として購入したものだ。こんな場所では電波は入らず、通信機器としては、もう役立たずなのだが……。

 裏側の奥まった場所にある、赤いスイッチパネルにタッチ。すると、スマホのもう一つの側面が顔を表す。

 ガシャンガシャンと変形したスマホは、空洞化してサイズも大きく変化。人間一人を包み込めるほどの、簡易宿泊所へと早変わりするのだった。



 歴史の本によれば、昔々の旅行者は、ビジホビジネスホテルと呼ばれる安ホテルや、ラブホラブホテルと呼ばれる二人用ホテルを利用したそうだ。

 でも今は、そんなものは必要ない。誰しも携帯できるほど便利な、スマホスマートホテルが存在するのだから。

「もしかすると昔の人は、いずれ『スマートフォン』が『スマートホテル』になることを見越して、最初から『スマフォ』ではなく『スマホ』と呼んでいたのかもしれないな……」

 そんな馬鹿げた妄想を呟きながら、明日に備えて早々と、私はスマホの中で眠りにつくのだった。




(「23世紀のスマホ」完)

   

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23世紀のスマホ 烏川 ハル @haru_karasugawa

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