私は、ここよ
リュウ
第1話 私は、ここよ。
「今日は、帰らなくていいの」
彼女は、うつむきながら小さな声で言った。
僕は、彼女をちらっと横目で見た。恥ずかしそうだ。
そこが、彼女が僕を引き付けるのは、そう言う仕草だ。
デートの帰りで車で彼女を送って行くところだった。
僕にとっても休憩できるのはありがたかった。昨日から寝ていなかったから。
別の女と一緒だったなんて、口が裂けても言えない。
街頭が道を照らす人通りの少ない道を走っていた。
住宅街の小道に入りに二百メートル程行くと、古いモーテルがあった。
『ホテル名』と『空室あり』のネオンが場違いに明るかった。
ホテルが先に建っていて、後から住宅やマンションが建ったため、ホテルの一角だけ別世界のようだ。
時代ごとに改装を重ねて、生き残った数少ないモーテルだ。
今の若者は、利用の仕方もわからないかもしれない。
モーテルは、白い塀で囲まれていて、入口に門がある。
門を入るとすぐ左手に、受付の窓口がある。
取り合えず、ホテルとしての形を取らなければならないらしい。
受付の窓から、誰か居ることはわかるが、こちらと顔を会すことはなかった。
塀の端にテレビカメラの赤いランプが点滅している。
モーテルは、二階建てで一階が車庫になっている。
車庫にカーテンが引いてあるか、車が止まっているのは、在室中だ。
カーテンが引いてあって、車がないのは、歩きの客だ。
僕は、奥から三番目の車庫に車を入れた。
車から降りると、僕はカーテンを閉めた。
彼女は、奥の入口で僕を待っていた。
入口には、料金と未成年者お断りの張り紙がしてあった。
入口の扉から入ると料金催促のアナウンスが流れてきた。
細いやっと一人が通れる幅の階段を上がると、精算機があった。
部屋のドアを開けた。彼女が中に入った。
僕は、休憩代を精算機に入れた。下の入口がカチャッと鍵のかかる音が響いた。
彼女は、部屋の扉を全部開けて、中を確認している。
その時、フロントからの電話が入った。
「ご利用、ありがとうございます。お泊りですか?休憩ですか?」
電話の後ろで声が聞こえる。多分、ベッドメイクの人の声だ。
<あれっ、この部屋に入ったの・・・・・・。
今日は、あの日だから、誰も入れるなってマネージャーが・・・・・・。>
「とりあえず、休憩で」と言って電話を切った。
故障したところでもあるのかと部屋を見渡したがおかしな所は無かった。
窓際にダブルベッドが置かれ、明かりが入らないように中戸で閉められている。
ベッドの両脇に丸いランプ。中央には、明かりや空調のタッチパネルがあり、テッシュとサービスのスキンが置いてある。
ベッドの足元には、クローゼットとサービスのお茶やコーヒーやポット、冷蔵庫が綺麗に並んでいた。
その横には、別料金の飲み物やおもちゃの自動販売機が置かれていた。
部屋のドアの左には、また、ドアがあった。
そのドアを開けると奥はトイレその横に浴室、入口の洗面化粧台には、歯ブラシや化粧水、ヘアドライヤーが置かれていた。
「まあまあだね」
僕は、部屋を見渡して言った。
「そうね。ここに来たことあるの?」
「いいや」
「詳しいから。だって、迷わなかったでしょ」
「だいたい造りは同じだからね」
「こういう所、よく使うんだ」
「いいやそういう事でもなくて、下調べさ。
友達から情報仕入れたりしてさ。何か飲む?」
僕は、冷蔵を開けた。
「まぁいいわ、ウーロン茶なんかある?」
僕は、缶の口を開けると彼女に渡した。
「やさしいのね。こんな時は」
僕は、ビールを飲みながら、横目で彼女を見ていた。
彼女は、僕を見上げ、一気に飲み干した。飲み干す時の彼女の喉元が妙に色っぽい。
「お風呂、お風呂」と言って彼女は、僕の手を振り払って浴室に向かった。
シャワーの音が聞こえる。
適当にビデオを映す。
僕は、急に眠気に襲われた。昨日から寝ていなかった上に、ドライブとビールのせいだ。
目を開ける事が出来ず、僕は寝てしまった。
目を覚ますと、彼女は横で寝ていた。
彼女の細い肩に軽くキッスをする。
「眠たいわ、シャワーを浴びてきて」彼女は寝返りをうった。
僕は、熱いシャワーを浴び、バスタオルを腰に巻いてベッドの前に立った。
彼女がいない。
彼女の服やバッグがそのままなので、帰ってはいない。
「ねぇ、どこに居るの?」
僕は、声を上げた。
急にシャワーの音が聞こえた。慌てて浴室に向かった。
そこに彼女は居なかった。
髪の毛の束が落ちていた。拾ってみると毛根が付いて血が付いている。
僕は、髪を投げ捨てると、ベッドに戻った。
「どこ、どこに居るの。答えてよ」
僕は、また訊いてみた。
「ここよ」
小さな声が聞こえる。
「ここよ、ここよ」
その声は、ベッドの下からだった。
僕は、マットレスを持ち上げた。
「私は、ここよ!」
そこには、彼女が横たわっていた。
頭から血を流し、凄まじい形相でこちらを睨んでいた。
僕は、後ずさりし、テーブルに脚を取られ転んだ。
起き上がろうとした時、胸のあたりがヌルッとした感触があった。
手で触って見てみると、それは血だった。
僕の血だった。
洗面台の鏡を見ると、左胸が大きくえぐられ、血が噴き出している。
もう一度、鏡を見ると、倒れていた彼女が僕の脇に立っていた。
僕の顔を見上げた。
「前に来た事あるでしょ。
今日は帰らなくていいわ。
私を騙せるとでも思った?
ずーっと一緒よ。私と」
彼女は、僕にすがりついた。僕は、身動き出来なかった。
僕は、思い出した。
話がもつれて、彼女と喧嘩したことを。
あの時、僕も死んだんだ。
私は、ここよ リュウ @ryu_labo
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