御山荒神鎮守祭復活検討の会

あぷちろ

責務からは逃れられない



「ハーイ、いまから始めまーす」

 気の抜け掛け声と共に三脚に固定されたハンディカムを回しはじめる青年。ハンディカムの液晶に映るのは夕暮れ時の高架下の公園と数名の男女。

「シンジぃ、もうちょっと何とかならないの、それ」

「他に何て言やあいいんだよ、マイカ」

 シンジと呼ばれた男性はマイカと呼んだ女性に不満げな表情を見せる。周囲に居る男女も一同に頷いている。この場に於いてシンジは少数派のようだ。

「もっとさ、ハキハキとさぁ」

「じゃあ、御空山祭り復活検討会はじめまーす」

 調子の変わらないシンジを見て、マイカは諦めたようにおざなりな拍手をする。それにつられてぱちぱちと、盛り上がりに欠けるクラップ音が辺りに響く。

 高架の下だからだろうか、人数に比例せず、音が反響して頭上を走っているはずの車の音さえ聞こえなくなる。

「どうしたらいいんだよ……」

「シンジ、次だ、さっさとやれ」

「わかったよ、ナガサキ」

 そう言って、ナガサキというガタイのいい青年は対照的なシンジに向かって古びた本を投げ渡した。

「マイカ、こっち来て。アヤコはあっち」

 古文書らしき書籍を斜め読みしながら、シンジは指示をだしていく。

「それよりもカメラに向かって説明してよ」

 気難しそうな眉をした女性、アヤコはシンジにこれから何を始めるのか補足説明するように促す。

「あ、そうだった」

「さっさと説明!」

「えーと、まず俺たちは××大学の民族催事学専攻の……」

「そんなのはいいから、今から何をしようとしているか手短に!」

「ハイハイ。えーっと、地元自治会の協力を得て、廃れて久しい地元の神事の再現をしようとおもいます。ハイ」

 歯切れが悪くも、シンジは続ける。

「もし上手く再現できて、このまま地元のお祭りとして復活させたいとの事です。……あってるよな?」

 他三人が同時に頷く。

「内容としては、今からこの指南書に従っていきます。“四人の男女”で“十三の手順”を最後まで熟すことでこの神事は完了します」

 カメラを一瞥してから、

「ということで、マイカ、塩撒いてくれ!」

 たまたまあった、大きな石舞台の上で四人はシンジの指示に従って様々な所作、動作を行っていく。

 彼らは日が暮れるのと同じ速度で十三の手順を進めていく。

「次、ナガサキ、アヤコと同じように地面に手をついて礼」

「あいよ」

 シンジを除く三人が皆おなじ体勢になったのを確認してから

「えーっと『我らミタマにジュンセシ? 我ら奉りササゲタモウ?』」

 シンジは本を閉じて柏手を三つ打った。

「……ハイ。おつかれさま。以上おわり!」

「あー、つかれたー」

「そんなに疲れることした?」

「音楽も何もないのにやってたから精神的にねー」

「それは同意できるわね」

「シンジ、カメラ確認してくれ」

「シンジ、どう?」

「うーん。微妙……」

「まあ、自治会の人たちに見せるだけ見せてみようや」

「だな。さて、帰るか」

「帰り、マック寄っていこー」

「賛成!」

 そうして皆が荷物を持って、石舞台を降りようとした時だった。

「なにこれ」

 最初に気付いたのはアヤコだった。石舞台と地面との境界、そこに見えない壁が聳え立っていたのだ。

「何してんだよアヤコ」

「ここに、壁が……」

「壁? そんなの、って」

 アヤコに続いて確認しようとしたナガサキ、唐突に、彼の頭部がずれ落ちる。

 吹き出す鮮血、朱、赫に染まる世界。

「キャァアアアアア!」

 一拍遅れて、アヤコが本能から叫ぶ。

「な、なんだよアレ」

 肉の噴水に隠れてアヤコからは見えず、シンジとマイカには視える、影。

「しはきゅうさい、しはきゅうさい、しはきゅうさい」

 二人は直ぐに察知した。アレは自分たちを殺めるものであると。片腕が妙に長細く、つり合いがとれていない。油絵具のような血肉がこびりついていて、現実味が遠ざかる。頭部には白色の面、足部も以上に細く、自立歩行しているのが不思議なほどだ。

 黒い影は泣き叫ぶアヤコを睥睨することもなく首を飛ばす。

「ああ……」

 うわごとを呟きながら何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も! 

「シンジ、にげなきゃ」

 アヤコは蒼白になった手でシンジの袖口を握りしめていた。

 どうやって、彼の声は喉元を越えなかった。

 悲鳴をあげるより早く、黒色の影がアヤコの胸を貫いたからだ。

「しはきゅうさい、シはキュうサい、しは救さィ」

 驚愕のままシンジを見詰める瞳。眼球を残したまま彼女はみじん切りにされていく。

「ああああああああ!」

 恐怖でシンジは脚を滑らせ、石舞台を転がった。

「アアアアアッ」

 いつの間にかなくなっていた右膝から下を左手に握りしめ、彼は逃走を図る。

「ニエよ」

「た、た、たすけ、」

「贄よ」

「ひ、ひ、ひ、みんなは、みんなは生きて」

「贄よ、その責務を果たせ」

 最後の一人ニエが潰えた。

 後に残るは紅き神水みずのみ。これにて儀式が完了したのだった。







 終わり

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