模倣犯の被害者
御剣ひかる
赤いワンピースの女
古い木造のアパートの天井から、ものすごい音が聞こえて、電気が揺れた。
上の階で重いものが落ちたのかなと思った。あるいは上の人が滑って派手に転んだか。それぐらい大きな、重く響く音だった。
バイトから帰ってきてコンビニ弁当をテーブルに置いた瞬間だったからびっくりした。ほっと一息の瞬間に心臓に悪いな。
音はその一度きりだったから気を取り直して遅めの晩御飯を食べた。
次の日の朝、パトカーのサイレンがアパートに近づいてきた。
まだまどろみの中にいた僕を起こしたのはドアチャイムが連打される音だった。
寝ぼけたままドアを開けると、男の人が二人いた。
テレビドラマで見たことある、警察手帳を出してきて「ちょっとお話を伺いたいのですが」って言われて、一気に目が覚めた。
目は覚めたけど、一気にパニクった。
え、僕? 何もやましいことはしてませんよ。
多分そんな感じのことを早口で言って、苦笑された。
「昨夜は何時ごろに帰宅されましたか?」
これってアリバイの確認? 何かあったのか?
「昨夜はバイトがあったので、十時ごろに帰ってきました」
ドキドキしながら答えると四十代ぐらいの男の刑事さんが、こいつだ、みたいな顔をした。
「その時、なにかいつもと違うことがありませんでしたか?」
でも口調は穏やかで、かえって怖い。
「帰ってきて、コンビニ弁当を机の上に置いた時に、上の階で物が落ちたみたいな大きな音がしました」
「そうですか。ちょっとその話を詳しく聞かせていただきたいのですが」
詳しくもなにも、弁当置いた瞬間に大きな音がしてビビったけど、その一度きりだったので弁当食べてシャワー浴びてちょっとスマホいじってから寝た、ぐらいだけど。
そう答えると刑事さんはなるほどと相槌をうった。
「実はね。上の階の人が亡くなったんですよ」
え、……えっ?
「何か、些細なことでもいいのでいつもと違うこと、気づいたことがあったら教えてください」
上の階の人って、あの二十代の女性だよな。挨拶ぐらいの付き合いしかないけどおとなしい感じのきれいな人だった。亡くなったなんて、そんな。
僕が何も答えられないでいると、刑事さん達は「また後で来ます」と言って廊下を歩いて行った。上の階に戻るんだろう。
どうしよう、犯人って疑われた?
でも、だったら、もっとあれこれ聞いてくるよな? きっと。
「むかつくなぁ」
突然女の人の声がして僕は「ひゃあ!?」って変な声を漏らした。
声の方を見るといつの間にか、襟に黒い縁取りのある赤いワンピースを着たショートヘアで活発そうな女の人が廊下に立ってた。言葉通り、すごくむすっとしてる。
「えっと、僕、ですか?」
何か怒らせるようなことした?
「違うよ。上の階の人を殺した犯人よ」
「え!? 犯人知ってるんですかっ?」
「犯人がどこの誰かは知らないけどね。昔あった事故と似たような状況を作って、事件を事故に見せかけてるのよ。あなたも利用されたのよ」
利用された?
「もう二十五年ぐらい前の話よ。上の部屋で事故ったのよ。電灯が切れたから新しいのに取り換えようとして低いテーブルに乗って作業ってたら足を滑らせちゃってね。運悪くテーブルの角で頭をぶつけて死んだの」
うわ、不運。
あれ? でもそれだと。
「入居決める時に上の階が事故物件だって言われなかったけれど」
「その事故の後すぐに建て替えてるからね。あと、心霊現象なんかがないからじゃない?」
告知の義務がないってことか。
「今回の上の事件は、その事故を知ってるヤツが利用したんだよ。あなたが夜十時ぐらいに帰ってくるのも下調べで知ってたんじゃないかな」
あらかじめ頭を殴って殺しておいて、僕が帰ってくる時間にわざと遺体を床に落としたんだとその
「なんでわざわざそんなことするんだろう」
「人ってさ、昔あった事故と同じ状況の何かがあったら、それと結び付けたがるでしょ。今回もきっと『二十五年前に事故死した女性の怨霊か』とか、絶対テレビや週刊誌で取り上げるわよ。そういう世間の風潮で警察もごまかせると思ってんじゃない? ごまかされるわけないのにバカねぇ。巻き込まれる側はたまったもんじゃないわよね」
もしこの人の言う通りだとしたら、本当にたまったもんじゃない。
僕の証言で転倒事故だと印象付けてしまったかもしれない。犯罪の片棒を担いだみたいでめちゃくちゃ気分悪い。
「事故と事件の両方の可能性を考えてるみたいだし、ちょっとした違和感からすぐに気づかれるわよ」
それならいいんだけど。
「さて、あの部屋が静かになるまでどうしようっかなぁ」
そんなことをつぶやきながら女の人は廊下を歩いて行った。
ところであの人、どこの部屋の人だろう。
次の日、上の階の人を殺害した容疑で四十代の男が逮捕された。
被害者の会社の同僚で、一方的に好意を寄せていたらしい。ストーカーだな。
そしてさらに数日後、あの女の人が言ってたようにワイドショーで二十五年前の事故が取り上げられた。
コメンテーターたちが口々に、事故を模倣した容疑者を非難する。
さらに、二十五年前に亡くなったAさんの母親にインタビューした映像が流れた。
おいおいそこまでするのか、と呆れたが、母親のインタビュー映像を見て、ひっと喉が鳴った。
母親の後ろにあるAさんの遺影、顔はぼかしてるけど首から下はそのまま映してある。
その、遺影の女の人の服装は、襟に黒い縁取りのある赤い服だった。
あの事件の日に話しかけてきた
ということは、あの人は上の部屋に、ずっと――。
(了)
模倣犯の被害者 御剣ひかる @miturugihikaru
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