提灯祭り
村良 咲
第1話 提灯祭り
その村で行われる年に一度の提灯祭りでは、村で生まれた人の名が書かれた提灯が参道の両側にぶら下げられており、この一年の間に新たに誕生した赤ん坊の名入れが神事として行われていた。
村の鎮守の神に護られ、平穏な人生を送れるようにと、そんな願いが込められた神事だ。
その日は秋晴れのいい天気で、浩正は春に生まれた息子の提灯の名入れの行事で、一筆入れるために何日も何回も練習した『正志』の正の字の一画目、たった一つの横棒を、いかに形よく入れるか、早朝からまた筆を持ち出して、チラシの裏に何度も何度も、『一』と書いて練習をしていた。自分の浩正の最初のさんずいの一画も、父の一浩が入れたものだ。有り難いことにいまだに祭りの日には神社の参道を照らしている。まあ、当然だが。正志の提灯も、名入れのあと火入れが行われ、新たに生まれた子供たちの提灯は拝殿に灯される。
「あなた、準備はいい?もう出なきゃでしょ。マー君の支度はできたわよ。しーちゃん、もっちゃん、行くよ~」
白装束に身を包んだ正志は、いつもと違う日であることを察知したかのように、きゃっきゃと嬉しそうにはしゃいでいる。その正志をあやすように、長女の汐里と、次女の萌が正志の顔に向かって笑顔を振りまいていた。
「おとう、はやくーー」
玄関で萌が呼ぶその声で、最後にもう一度『一』と書いて、立ち上がった。萌の時にも最初の一文字の『一』を書いているので、あれより上手く書けるだろうと、身体に感じている緊張をほぐすように肩を何度か回した。
「あった!お父ちゃん、萌のあったよー。あっ、お姉ちゃんのもある~」
自分たちの名が書かれた提灯を見つけて喜ぶ萌には、すぐ近くにある自分の父親の提灯には目が行かないようだ。
「萌、お父ちゃんのもあるよ」
「あっ、ホントだ!お父ちゃんだ!」
「お父ちゃんだ!じゃなくて、お父ちゃんのちょうちんでしょ!」
姉の汐里に言われ、萌は口を尖らせ何かを訴えたい様子だ。
「お父ちゃんたちは正志の名入れをしてくるから、お詣りして
出がけにポシェットの中にお小遣いを入れてもらった二人は、ポシェットに手を当て、うんと頷きお詣りの列に並んだ。
「お詣りしたら、そこで
母親の
五人でお詣りを済ませ、両親はそのまま名入れのため拝殿に入って行った。
二人は言いつけ通り、社務所前で配っている祈祷済みの
「みんなのちょうちんもさがそう」
と、知った名を探しに参道戻り、そこに並ぶちょうちんを一つずつ見て知った名前を見つけては、行きかう村人の中に友だちを探しては手を振ったりお喋りしたりしていた。
「汐里ちゃん、僕の提灯見た?」
「ううん、見てない。っていうか、なかった……かも」
「僕の、燃えちゃったかな……」
シュンとした直也に、
「でも燃えちゃったなら約束は護られるってことだからいいじゃん。トモちゃんなんか、早く燃えないかなって言ってるよ」
「そうだけどさ……」
「燃えちゃったならしょうがないよ。外に出ても護ってもらえることには違いないからいいじゃん」
「うん……でも、汐里ちゃんのはあるから……」
「私のも燃えちゃうかもしれないじゃん」
「もし汐里ちゃんのも燃えちゃったら、外に出るとき一緒に出てくれる?」
「燃えちゃったらね」
村の神社の参道を灯す提灯は、中に火を灯すロウソクが立てられており、提灯祭りの日には提灯に火が灯されているが、日によっては風があったり、誤って人の身体が触れたりして火が提灯に燃え移り、焼けてしまうものがある。そうなった提灯に名を書かれていた者は、いつの日か村を出ることになると言い伝えられており、それがどういうわけか村に残る者の提灯は、ずっと燃えずに残っているという現象から、本当のこととして伝わっている。自分が長男である直也は、まさか自分の提灯が燃えてしまうことなど、考えられないでいたようだ。
「おまたせ。あら、まだ何も買ってないの?」
「お母ちゃん、ナオちゃんの提灯がないんだって。燃えちゃったのかな……」
「そうか。……でもな、ナオ、どこにいたってお前は護られているんだ。大丈夫さ」
そう言った父の浩正は、母の慧子におかしな目配せをしたことに汐里は気付いていた。
「ほら、綿菓子でもみんなで買ってこいや」
そう言って、浩正はナオにも200円を持たせた。
「僕、持ってるからいいです」
と、遠慮がちな直也に、いいからいいから小遣いだよと言って渡した。直也は礼儀も正しく、素直な優しい子だ。
「おじさん、ありがとう」
村で出している屋台は、どこも30円~50円で買えるものばかりだ。汐里にも萌にも200円持たせている。三人で連れ立って綿菓子を買いに行くナオの背を見送りながら、浩正は去年の祭りの日の夜のことを考えていた。
「私の提灯、燃えちゃった……」
そう言って、明らかに落ち込む姿を見せた泉は、一人っ子だ。一人っ子の泉は、自分の提灯が燃えるということなど自分には起こるはずがないと思っていたのだ。
一年に一度しか作動させない神社に設えられた防犯カメラには、提灯祭りの早朝、神主が一つずつ火入れした提灯が並び、お参りに来る村人たちを映し込んでいた。
そのカメラには、早朝の火入れの後、最初の参拝者が来る前に、一人の子供が映っていた。直也だ。
その直也の手には、一本の枝が握られており、直也はその枝で一つの提灯をつついたり揺らしたりしながら、提灯に火が点き燃えるのを待っていたようだ。その提灯こそ、泉の名が書かれたものだったのだ。
村に言い伝えられている提灯祭りの守護の言葉の中には、『自分のものでも他人のものでも、わざと火をつけた者は、その約束から放たれる』というものがあり、鎮守の神から見放されるというのだ。
村に住むものは、自分の子どもたちには、決してしてはいけないことだと、強く言い聞かせているものだが、それを守れない者がごくわずかだが出る。
昨年、提灯祭りの夜、祭り仕舞いの厄係りにそれを聞かされた直也の父親は、酷く肩を落とした。長男の直也の提灯には、燃えないように防火が施されていたのに、今年はもう直也の提灯が参道に並ばないことを知らされたのだから。
去年、提灯祭り後の村の噂の中に、登校班が同じで直也よりも年が上の泉が、集合時間にしょっちゅう遅れており、それに対して直也は二年生ながらも注意したことが気に障った泉は、事ある毎に直也に強く当たるようになっていたようだ。直也は提灯を燃やすことが、泉への仕返しのつもりだったのかもしれない。提灯が燃えてしまった者は、いつか村を出るという言い伝えがあったため、泉が村からいなくなればいいと思っていたのかもしれない。
わざと提灯を燃やした者は、鎮守の神の守護を得られなくなる。村も出ることになる。提灯を燃やされた泉はいつか村を出ることになるだろうが、守護の約束は護られる。対して直也は……それを
今日、この一年で生まれた我が子のための提灯の一文字入れは七人だ。その七人の親と直也の父は、その全員の賛同の元、新たに用意された提灯に一文字ずつ字入れをした。一番最初は直也の父だ。直也の父が入れた一文字目に続いて、我が子の字入れ火入れを終えた浩正を含めた七人が、それぞれ一文字ずつ直也の名前の字入れをし、残りを神主が行い、去年燃えずに残っていた直也の提灯の焚き上げの火の上に、名入れが済んだ火の灯った直也の新しい提灯がぶら下げられた。
神の火により燃え尽きていく古い提灯と、新たな提灯。我が子の平穏を祈ったそれぞれの親の祈りの欠片を含み燃え尽きてゆく新たな提灯に、直也への加護がありますようにと祈りながら。
提灯祭り 村良 咲 @mura-saki
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