トイレの花子さん……だったのか?(実話)

無月弟(無月蒼)

トイレの花子さん……だったのか?

 これは筆者が、小学生の頃に経験した出来事です。


 ジャンルは『エッセイ・ノンフィクション』にしようかとも思いましたけど、『ホラー』にすることにしました。

 ですがこれから描くのは紛れも無いノンフィクション。それ故にオチらしいオチが無い事を、ご了承ください。



 ◇◆◇◆



 ぼくは田舎町に住む、怖い話が好きな小学四年生の男の子だ。


 そして嬉しいことに、今世間は怪談ブーム。たくさんのホラー映画が上映され、図書室では怪談の本が次々と借りられている。

 ホラーゲームの新作も出ているし、テレビをつければ心霊番組があっていて、僕は夢中になってそれらを見ていった。


 休み時間の度に、友達と一緒になって怪談話もしたよ。どこどこに次々誰の幽霊が出るとか、悪い事をしたら怖い妖怪がやってくるなんて話をね。


 だけど、話をしているだけじゃつまらない。ある日友達の一人が、こんな事を言い出したんだ。

 トイレの花子さんを呼び出してみないか、ってね。


 トイレの花子さんというのは、トイレに出るという赤いスカートをはいた、おかっぱ頭の女の子の幽霊のこと。

 なぜか日本全国どの学校のトイレにも現れるという不思議な幽霊で、ぼくたちはその花子さんを呼び出す儀式をやってみたんだ。


 やり方は簡単。学校のトイレの、入り口から三番目の個室のドアを三回たたいて、「はーなこさーん」って言えば、花子さんが出て来るそうだ。


 まるで友達の家に行って、「遊ぼう」って言うくらい簡単な方法。

 こんなにお手軽にできるんだから、やらない手はないよね。


 というわけで、数人の友達を引き連れて向かった男子トイレ。花子さんは女子だから、普通に考えたら女子トイレにいるのだろうけど、さすがに男子が女子トイレに入るわけにはいかないもの。

 だから男子トイレでもまあいいかって感じで、特に深く考えずに来てしまった。


 だけどここに来て、困った事態に直面する。なんと男子トイレには、個室が二つしかなかったのだ。

 これでは入り口から三番目の個室のドアをたたくなんてできない。だからぼく達は仕方なく、一番目の個室のドアをたたくことにしたんだ。


「それじゃあ、たたくぞ」


 友達の一人がそう言って、ぼくらは頷き合う。

 手順は滅茶苦茶なのに。それでももしかしたら何かが起きるかもって、ちょっとワクワクしていて。


 友達はトントントンってトイレのドアをたたいて言ったんだ。「はーなこさーん」ってね。

 そしたら。


 ドンッ!


 突然トイレの内側からドアを殴るみたいな、強い衝撃があった。

 もしかして、本当に花子さんが現れたの?

 驚いたぼく達は顔を見合わせて、それから恐る恐るドアを開けてみた。開けてみたんだけど……。


 個室の中には、誰もいなかった。

 白い便器があるだけで、花子さんどころか虫一匹そこにはいはしなかった。


 だけど、さっき確かに個室の中から、誰かがドアをたたいてきたはず。あれはいったい、何だったの?


「どうする?」

「もう一回やってみようか」


 というわけで僕達は個室のドアを閉めて、もう一度トントントンって叩いてみた。それからさっきと同じように、「はーなこさーん」って言ってみたんだ。すると。


 ドンッ!


 まただ。確かに個室の内側から、何かがドアをたたいた。さっき中を見た時は、誰もいなかったはずなのに。


 ぼく達はキャーキャーと声を上げながら、急いでトイレから飛び出して行った。

 あんまり騒いだものだから近くを通りかかった先生に見つかって怒られたけど、お説教なんて誰も聞いていなかったと思う。

 だって本当に、心霊現象を体験したんだもの。怖くはあったけど、ワクワク感の方が勝っていて。その後みんなして、「すごかったねー」って笑い合ったよ。


 そしてそれから、トイレの花子さんのうわさは学年中に広がり、試す人が次々と現れた。

 本当に個室の中からトアをたたかれたという子もいれば、何も起きなかったって言う子もいて。ぼくもしばらくした後にもう一度トイレのドアをたたいてみたけど、その時も中から返事が返ってきたよ。


 こうして、まるでピンポンダッシュをして遊ぶかのように、この奇妙な儀式は何度も行われていったんだ。


 だけどやがてブームも過ぎ去り、いつしかトイレの花子さんの話は、誰もしなくなっていった。

 やがて春になって。学年が上がると、今まで使っていた学年のトイレを使うことは、もうなくなってしまう。


 その前にぼくはもう一度トイレにやってきて、もう一度儀式をやってみた。

 一番の個室のドアをたたいて、「はーなこさーん」ってね。だねどその時は不思議なことに、何の返事もなかった。

 いや、そもそも今まで返事があったことの方が不思議で、無いのが当たり前ではあるんだけどね。


 でも、どうして返事がなくなったんだろう。もしかしてブームが過ぎたから、花子さんはどこかへ行っちゃったのかな?


 まあいいや、おもしろかったし。

 花子さん、楽しい思い出をありがとう。



 ◇◆◇◆



 これが筆者が小学校時代に体験した、花子さんにまつわる出来事です。


 無人のはずのトイレの中から、どうして返事が返ってきたのか。今となっては答えは分かりません。

 けど、トイレのドアを叩いた見えない何かは、確かにいたのです。


 当時は遊び感覚で楽しんでいましたけど、もしかしたら霊をからかって遊んでしまっていたのではと、大人になった今では少し怖く思います。


 あの時トイレの中にいたのは、はたして花子さんだったのか。真相は誰にも分かりません。

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