僕を見ないで

ラビきち

肝試し

 鬱蒼と茂った木々に覆い尽くされ、星の光も届きやしない。

 懐中電灯の頼りない光だけが、茫々たる闇を暴いている。


「なんも起きねぇな。現れるのは虫ばかり」


 わずか後方を歩くたかしが、平坦な東北訛りで放った。


「そりゃあ、まだ本命の場所には着いてないからな」


 そちらを向かずに言葉を返す。

 たしかに、夜中の森は不気味ではあるが。そこまでビビるほどのことじゃない。


 ​────いや、ちょっとだけ訂正。友人の前で気が大きくなっているからで、一人だったら来ようとはしていないだろう。


「で? その祠ってのはあとどれくらい歩けば見えてくるんだよ。こっちは来たことないから分からんし」

「ンなこと知るか。俺だって今日がはじめてだ」


 昼間でも仄暗い陰気な森になんて、誰も好きこのんで入ったりはしない。

 こいつが肝試しをやろう、なんて持ちかけてこなければ、一生訪れることすらなかったろうな。


 じんわりと蒸し暑い。


「結局、なんにもなしで終わりそうだな」


 いつの間にか前に出ていた隆が、癖毛をくるくると指で巻きながら零す。


「ん、あれじゃねぇか?」


 前方を指さす。奥のほうにぼんやりと見えるそれは、なるほど確かに祠のようだ。


「思ったよりもこじんまりとしてるな」


 そんなもんだろ、とだけ答えて、歩を進める。

 木々の開けた空間に、ぽつりとひとつ、それが存在していた。

 管理されなくなって久しいのだろう、年季の入った色褪せの木目に、雨ざらしの錆びた鉄番てつつがい。観音開きの小扉が、口を閉じて沈黙を守っている。


「なかにお札とか入ってたりするのかね」


 癖毛がひょこひょこと動いて、興味深げに祠を眺めている。

 どうだろうな、なんて言いながら、なんもないんだろうなと考えた。

 確かに雰囲気はかくありげだが、実際のところ曰くも謂われもありやしない。

 この辺鄙な片田舎にはここくらいしか怪奇スポットはないわけで。つまるところは、これは肝試しの皮を被った茶番なんだ。


 外気とは裏腹にどこか冷めた気持ちで、はしゃぐ隆をそれなりの距離でもって眺める。


 と、一瞬風が吹いた。

 途端、声をあげそうになる。


 いま、誰かと目があった。


「ちぇっ、なんも入ってないや」


 小扉の内側を覗いたらしい。奴は気づいていないようで、ヘラヘラと笑っている。


「そろそろ帰るぞ」

「まだ何かあるかもしれないぞ?」


 隆が能天気に声を張りあげる。


「いいから」


 踵を返し、森の入り口へと向かう。

 待ってくれよ、と声がして、草を踏み分ける駆け足の音。


「もしかして、今更おじけづいたのか?」


 隆が横に並んだ。

 消えない。背後からの視線がまだ、はりついている。


 軽口に反応がなかったのか一瞬不機嫌な顔を見せるものの、俺の様子になにかを察したのか、それきり一言も発さずに隣を歩く。


 そうして森を脱したころには、薄手のシャツがじっとりとした汗で滲んでいた。


 あの場所で何者かからの視線を感じたことを隆に説明する。案の定気づいていなかったようで、ひどく驚いていた。

 そのあとは口数少ないまま別れ、お互いの帰路につく。

 皮肉なことに、肝試しとしては成功だろう。


 それからは軽くシャワーを浴びて、泥のように眠った。


 それから数日が経つ。


 あのあとは何か起こることもなく、恐怖心が見せた幻だろう、というのが俺のなかでの結論になっていた。

 ぼんやりとテレビを見ながら、朝食のトーストをかじる。


「そういえば」


 母親がなにかを思いだしたように話を切りだす。


「この辺の森の奥、祠があるって話じゃない」


 奇しくも、先日訪れたそこの話だ。

 それがどうした、と促す。


「そこで、最近首吊りがあったんだって。あんたと同じくらいの男の子らしいよ」



 ああ、そういうことだったのか。

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僕を見ないで ラビきち @NoiresnoW

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