拡散される怪異と悪意
無月兄
第1話
この話を聞いた者は、同じ話を十人に伝えなければならない。でないと大きな不幸が訪れる。
こんな感じで終わる話を、聞いたことがあるだろうか?
当然、それを聞いた奴はまた同じ話を十人に伝えはければならず、更にそれを聞いたやつもまた十人に。そうしていずれは、途方もない数の人間がその話を知ることになる。怪談なんかでは、割とよくあるパターンだと思うこの形式。そして俺がたまたま知り合いから聞いたのも、そんなよく聞くありきたりの怪談だった。
この話を聞いた以上、俺も十人に伝えなければ不幸になるってわけだ。とはいっても、本気でそれを心配しているわけじゃない。
こんなものに本当に人を不幸にする力なんてあるわけがない。だから、例え誰にも話さなかったとしても、別によかった。
だけどそこで、俺はあることを考えた。
「Twitterを開いて、さっきの話の内容を打ち込んで……これでよしと」
例の怪談をTwitterにあげてみた。
あの話には、十人に伝えなければいけないとあったが、直接話さなければダメとは言われていない。ということは、こうしてTwitterにあげて十人のフォロワーが見れば、それで条件はクリアというわけだ。
もう一度言うが、俺は元からこんな話は信じちゃいない。ただ、十人捕まえて話をするなんて面倒ことも、文明の利器を使えば一瞬で終わる。そんな意味を込めた、ネタツイートをやってみた。本当に、ただそれだけの軽い気持ちだったんだ。
「なんだこりゃ?」
Twitterを確認してみるとさっきあげた怪談に、大量のいいねとリツイートの通知が来ていた。
そう言えば、よりたくさんの人に伝えた方がいいかなと思って、一瞬に『拡散希望』って書いておいたから、多分そのせいだろう。
それにしても凄い数だ。いいねなんて、百件を優に越えている。バズる、なんて言うにはまだまだ少ない数かもしれないけれど、それでも俺にしてみれば過去最高の数字だ。
軽い気持ちで投稿したのに、世の中何が流行るかわからない。ただ、自分のやったことがこんなにも大きくなったかと思うと、なんだか気分がよかった。
「おっ、また増えてる」
あのTwitterはその後もどんどん拡散され、今やそれを見るのが楽しみになってきた。あんな何でもないありきたりのホラーがこんなにもバズるなんて、世の中わからないが、自分のしたことがこれだけの人間に影響を与えたのかと思うと、なんだか気持ちよかった。
けれど届いてくる反応の中には、あまり良くないものもある。例えば、こんなコメントだ。
『これを見た人が不幸になったらどうするんだ』
『自分が助かろうとしてこんなことしたのか』
この話を聞いた者は、同じ話を十人に伝えなければならない。でないと大きな不幸が訪れる。
そんな一文で閉められているこの怪談。当然、このツイートを見たやつも、同じルールを背負うことになってしまう。その事に対して文句を言ってくる奴が出てきたんだ。
とは言っても、こんなのよくある作り話。これをのっけたからといって、非難される筋合いはない。こんなもの、無視だ無視。
「なんだよ、これ……」
数日後。街中でスマホを開き、恐る恐るTwitterを見る。
例のツイートは、気づけば更に拡散され、俺の元には大量のコメントが来るようになっていた。そしてそのほとんどが、こんな内容だった。
『この話を知ったせいで不幸になった。どうしてくれるんだ』
『責任をとれ、責任を』
『大勢の人を不幸にしたこいつを許すな』
名前も知らないたくさんの人間が俺のしたことを非難している。所謂、炎上だ。
けどちょっと待ってくれ。俺は、ただ怪談を一つ投稿しただけ。そして、たまたまそれがバズっただけだ。それなのに、なんでこんなこと言われなきゃならないんだ。
そう思った時、さらに新しいコメントが、数件届いた。
『責任をとらせるため、こいつがどこの誰か特定しよう』
『今までのツイートからすると、どうも住所はこの辺りらしい』
『年齢は、これくらいか』
「うわぁぁぁぁっ!」
気がつけば、俺は元となったツイートを削除していた。いや、Twitterのアカウントそのものを消していた。
おかしいだろ。なんでこんなことで俺が悪者にならなきゃいけないんだ。俺が何かしたか? 不幸になったって言ってるやつ、それは本当にこれが原因なのか?
多分違う。そして恐らく、悪意あるコメントをしてくるやつらの大半は、きっと面白半分に煽っているだけなんだろう。Twitterに限らず、ネットってのはそういうものだ。
だけど、それで攻撃される方はたまったもんじゃない。何人もの知らない相手から、心ない言葉をぶつけられる。俺には、それが耐えられなかった。
身元を特定するみたいなことを言ってたけど、まさか誰か近くにいやしないだろうな。
さすがにそんなことはないと思いながらも、どうしても不安になってくる。念のため、早く家に帰ろう。そう思い、足早に横断歩道を渡ろうとした時だった。
一段の車が信号を無視して、俺のいる方へと突っ込んできたのは。
結局俺は、突っ込んできた車を避けることができず事故にあい、しばらくの間入院することになった。例の怪談、ちゃんと十人に、いやそれ以上に伝えたってのに、不幸になってしまったよ。
「何言ってんだ。あんな話に、人を不幸にする力なんてあるわけないだろ」
見舞いにきた友人に事情を話すと、即座にそんなことを言われた。それは俺だってわかってる。けど、現にこうして不幸になると、どうしてもそう考えてしまうんだ。
「もしかすると、コメントを送ってきた、不幸になったって言ってた奴らも、同じ気持ちだったのかな。それならやっぱり、俺のしたことはいけないことだったのかな」
つい、そんな考えが頭に浮かぶ。だけどそれを聞いた友人は、ハッキリと首を横にふった。
「さっきも言ったように、話自体には何の力もない。ただ、今回はそれがふとした拍子に拡散された。そのせいで、人の悪意を呼び込んだんじゃないのか」
「人の、悪意……」
「もちろん、一人一人はたいしたもんじゃなく、ちょっと攻撃してやろうくらいのものだと思う。だけどそれがいくつも積み重なれば、そんな話なんかより、よっぽど強い力を持つようになるんじゃないか」
「そう、なのかな……」
「まあ、これにしたってオカルトめいた話だから、根拠なんて何もないけどな」
友人は最後にそう付け加えたが、俺は案外その通りかもしれないと思った。
悪意が本当に人を傷つけるだけの力を持つかはわからない。だけど今の時代、最も多くの人の悪意が渦巻いているのは、ネットやTwitterといったツールの中なのかもしれない。
拡散される怪異と悪意 無月兄 @tukuyomimutuki
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