開店!メイド喫茶「落ち武者」の理由

祥之るう子

メイドと落ち武者

 放課後の教室。

 夕暮れに照らされてオレンジ色に染まった教室は、いつもと違い、騒がしく飾り立てられていた。


 黒板に大きく『メイド喫茶』の文字。


 窓の外を見れば、校門に立てかけられた『奈祖なそ女子高等学校文化祭』の看板。


 つまり、我が校は明日から二日間文化祭が開催され、ここ、二年三組はメイド喫茶をやるというわけ。



 で、その準備が完了した教室のど真ん中。


 普段の学習机を組み合わせた上に板を置いて、テーブルクロスをかけた、その上に――




 落ち武者の生首が置かれている。




 いや、正確には生首の人形が、首の切断面を上にして逆さまに置かれている。


あい


 テーブルを挟んだ向こうの廊下側。生首の向こうから、メイド姿の和紗かずさが、私の名前を呼んだ。


「何?」


 答えながら和紗に視線を向ける。

 和紗のスカート長くない? くるぶしまであるじゃない。


「この生首、いつからあった?」

「さあ」

「さあって」


「少なくとも、私がこれを見つける十秒前までは、ここにあったのは花瓶だったけど」


 そうなのだ。

 ここには元々、他のテーブルと同じく白い花瓶が置かれていた。花は明日の朝、華道部の子が用意してくれるので、まだ何も入っていなかった。

 私と和紗は、衣装の最終調整をするからと手芸部に呼び出され衣装を試着。問題なしで手芸部は撤退し、彼女らを見送って振り向いたら、花瓶があった場所に生首があった……というわけだ。



「これって、何かの嫌がらせ?」

「わかんないよ」

「藍、落ち着いてるから、何か知ってんのかと思ったのに」


 全く知らない。


「あ」

「何? やっぱり知ってるの?」


 和紗が私の顔を覗き込んだ。


「手芸部の、小夜さよさ、こういうの好きだよね?」

「え、マジで? 生首が好きなの? あのふわふわの綿菓子みたいな小夜が?」

「いや、生首じゃなくて、ホラー映画とか」

「ああそっち。十分意外だけど。それで? これ、小夜が持ってきたって? 小夜、何も持ってなかったじゃん」


 そう言えばそうか。


 私達二人が最初にこの部屋にいて、そこに手芸部の三人が来た。三人は、小さな裁縫セットを一つ持ってただけで、他に何も持ってなかった。


「そう言えば、最初、ゆかりがいたな」


 和紗が手を叩いて言った。


「いたけど」


 高身長にショートヘア、バレー部エースの紫は、試合中のクールな姿からは想像もできないほどのものすごい怖がりだ。

 小夜が文化祭の出し物にお化け屋敷を提案したとき、半狂乱になって泣きながら反対したのは、他でもない紫だ。


「紫はこんなもの触れもしないって」

「だよな」


「どこか、お化け屋敷やるクラスってあった?」


 ふと思いついて和紗に確認すると、和紗は首を横に振った。


「ないね」


 どこかでお化け屋敷をやるのなら、ここに生首があることは不自然だけど、今この校舎にあってもおかしくはないということになると思ったけど、そう簡単にはいかないか。


 それに。


「花瓶はどこ?」

「ああ!」


 和紗も今気付いたという様子で、周りを探す。


「パッと見、ないな。割れた?」

「破片がないじゃない」

「だよな」


 答えながら、和紗はしゃがみこんでテーブルクロスをめくった。私もしゃがんで、クロスをめくる。


「これ……」


 和紗を見ると、和紗も、向こう側で怪訝な顔をしている。


 生首の真下辺りに、小さな水たまりができていた。



「血?」


 和紗が困ったように呟く。


「透明じゃん」

「じゃ、落ち武者の涙」

「どんだけ泣いたのよ」

「かわいそうに」


 和紗のその「かわいそう」は冗談か本気か悩む。


 すっと和紗が立ちあがって、落ち武者を見下ろした。


「クロスも濡れてんな」


 立って私も見てみると、確かに逆さ落ち武者の脳天部分の周囲が濡れていた。


「思い出した」


 和紗が、突然顔を上げた言った。


「小夜さ。去年もお化け屋敷、却下されてたわ」

「去年?」

「うん。その時、隣のクラスがお化け屋敷でさ。片付けのときに、来年は絶対やる! って叫んでた」

「へえ」


 と、落ち武者の首の中に、何かが詰まっているのが見えた。


「ん?」


 透明なビニールと、細長い紙……ゴミ?


「げ。おい、脳みそ引っ張んなって」

「脳みそ違うし」


 あれ、これって……。


「ねえ和紗見て、ここ、『水で溶ける……」


 落ち武者の頭の中を和紗に見せると、背後から明るい声がした。


「お疲れ! 二人とも何見てる……の……?」


 何も考えずに振り向いてしまって、私は盛大に後悔した。



「きゃーーーーーっ!」



「紫っ!」

「やべえ、怖がり!」


 慌てて紫に駆け寄る私の横で、紫から見えないように和紗がテーブルの前に立つ。


「何何何何なに? いや、近寄らないでッ!」

「落ち着いて。あれ人形よ、作り物」

「だから何? だから怖くないとでも? 作り物でも怖いのっ!」


 あ、はい。ごもっともです。


「多分、紫が大騒ぎすると、犯人の思うつぼ……」


「あ? 犯人?」


 和紗が耳ざとく私の言葉を聞き取ったとき、廊下の向こうに小夜が立っているのが見えた。


 小夜は、廊下の角に手を添えてそうっとこちらを見ている。

 ニヤリと笑う小夜を見て、さらに紫が悲鳴を上げた。


「いやーーーーーー!」

「紫落ち着いて! 小夜! 人間!」


 もはや紫は、箸が転げても怖いらしい。


「ふふ、ふふふ。これよ、この声。この悲鳴! 私が聞きたかった最高の悲鳴!」


 小夜が何やらつぶやきながら、こちらに歩いてくる。

 すごくホクホクで、頬を紅潮させて、それはもう幸せそうな笑顔で。



「小夜、あの生首はあなたの仕業ね?」


「おっ謎解き!」


 和紗が教室から出てきた。


「ね、ねえ、藍、どうゆうこと?」


 紫が私の腹あたりにしがみついて、エプロンを引っ張りながら言う。


「あの生首を置いたのは小夜よ。正確には、花瓶に偽装した生首を置いたのは」


 私の話に、小夜は否定も肯定もせずに笑っている。


「いやどゆことよ」

「和紗。さっき見せたの、これ」


 和紗に、生首の中にあったものを渡す。


「なに? 『水で溶ける刺繍シート?』」


「刺繍するときに、模様を書いたこの紙のを布の上に置いて、その上から刺繍を縫うっていう、手芸用品だよ」


「紙の上から縫ったら、紙、布の上に残るんじゃね?」


「だからその紙は水で溶けるのよ。刺繍が終わったら、布を水に浸ければ溶ける」

「へ~。で?」


「小夜は、あの生首にこの白い溶けるシートをテープか何かで貼り付けて、真っ白な花瓶みたいにしたのよ」


「あ~だから生首アイツ逆さま……」


 納得しかけた和紗が、ふと生首を見てから私の推理に異論を唱える。


「いやでも、顔の鼻とか口とか無理じゃね?」



「私たちが見てたのは後頭部だったから気付かなかったのよ」



「へ?」


 小夜が、褒められた子供みたいな顔になった。


「私達、紫が部屋を出たあと、あのテーブルより窓の方で着替えてたでしょ? あの生首は、廊下こっち側を向いてるから、窓側にいた私達は、小夜たちを見送るまで、後頭部しか見てなかった。後頭部なら、きれいな楕円形だし。真っ白い紙で器用に包まれて、他のテーブルにある白い花瓶と同じ物に錯覚しちゃったんだ」


「でも、ずっとここに置いてあったら、誰かに気付かれたんじゃね?」


「和紗のスカートに隠れてたから解らなかったのよ」


「は?」



 私は思い出した。教室に入ってきたとき、あのテーブルの上には今私たちが着ているメイド服が広げて横たえられていた。

 和紗のスカートにはプリーツがあったので、畳んでシワになるのを避けるために広げて置いてあるものだと思った。

 それに、私達に衣装を手渡したのは小夜以外の手芸部員だったが、テーブルから衣装を取って彼女らに手渡したのは小夜だった。


「うーん、まあ、今まで見つからなかったのはそれでいいとして、どうやって小夜は一瞬で花瓶の偽装を剥がしたんだよ?」


「だから水で溶けるのよ」


 教室の隅にリース品の、ウォーターサーバーが置かれているのを、和紗が見つめた。

 そう。それ。


「私達が手伝ってもらって着替えてる間に、ウォーターサーバーの水をかけたんだよ。テーブルから近いし、紙コップもゴミ箱も備え付けてあるから、軽く濡らすだけなら気付かれずにできる」


「そうよ!」


 叫んだのは、小夜だった。


「どうしてもお化け屋敷をやりたかったの! あの生首ちゃん、私が小学生の頃に作ったの! 私、将来、お化け屋敷デザイナーになりたいの! 高校の文化祭といえば、絶対にお化け屋敷って決めてたのに、反対されてばかりで」


「それで、この生首を花瓶に見せかけて置いたってのかよ?」


 和紗が呆れた声を出した。

 しかし、頷き返す小夜の顔はキラキラしていた。


「そう! 一生懸命考えたわ。本当はね、明日の朝、気付かずに華道部の子が花を生け始めたら、花瓶が生首に変わって……っていうホラーを考えたの! でも難しかったわ。この生首ちゃん、石膏で出来てるんだけど、中から外に水が滲まなくて。それに完全に違和感なくなるまで偽装すると、シートの量も増えて全然溶けなくて。仕方なくこの方法に」


「それで最後に衣装合わせする私と藍を狙ったと」


「和紗、スカート長めがいいって言ってくれたから、利用するしかないなって!」


 小夜は和紗の元へ駆け寄って握手をした。


「このスカート、マジ理想。こちらこそありがとって、そうじゃねえだろ」


「でもまさか、紫が見てくれるなんて!」


 キラッキラの瞳で小夜が私の腹部、もとい紫を見た。

 紫は鼻水を垂らしつつ、小夜を睨む。


「こんなに大きな悲鳴あげてくれたの、紫が初めてよ! 家族もご近所さんも、みんな慣れちゃって。何を仕込んだって全然怖がってくれないんだもの」


 いや、ものすごい迷惑。


「ありがとう紫!」


「あ、ありがとうじゃなーーーーーいっ!」


 小夜に抱きしめられて大泣きする紫を見ながら、そっと二人から離脱して和紗の隣に立つと、和紗がすっかり冷めた目で肩をすくめて見せた。





 かくして、謎の生首は無事に撤去。翌日私たちは予定通りメイド喫茶を開店した。

 ただし、小夜のお化け屋敷への熱意に感銘を受けてしまったクラスメイトによって、教室入り口に置かれたメイド姿のマネキンの頭が落ち武者になり、客足は遠のいた。

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