第10話佐藤の決断

「じゃ、美琴さん、山本、お世話になりました。」


そう言って俺は同僚の家から出る。

冬が近づいてきているせいか、体に冷たい風が切りつける。

俺はインフルエンザで弱った体を無理矢理足で引っ張りながら駅の方へ向かっていく。

山本達に元気になったとは言ったものの、正直全く元気ではないし、むしろ状況は悪化する一方になっている。


「まーさか美波ちゃんがこんな近くにいるなんてなぁ……」


こんなに辛い状態でも口だけはいつも通りに動くらしい。ぶつぶつと独り言を言いながら駅に行く。

まだ8時くらいだが駅前はあまり人通りがない。

駅の中もほとんど人がいなかった。

マスクを二重にして電車に乗る。


20分ほど電車に揺られると最寄り駅に停車した。



「はぁ……はぁ……」


山本の家を出た時よりもひどくなっているのが自分でもわかる。

足元がおぼつかない中、家の目の前まで歩く。

ドアノブを捻り、自分のベッドへダイブする。


「まさかなぁ……俺の描いた美波ちゃんが同僚だったとはなぁ……」


そう言いながら部屋を見回す。そこには、今まで描いてきたVtuberのイラストが飾ってある。

今まで描いたVtuberは全部で21人。そこには大手Vtuber企業直々の依頼もあった。

今まで描いたうちの一人が山本が使っている『美波』である。

だいぶ初期に描いたものだが、当時は依頼も少なく一体一体にかける時間が長いせいで、もしかすると企業のVtuberよりも丁寧に描いてるかもしれない。

考えすぎたのか、頭痛が酷くなり始めた。熱が上がっているのもわかる。

まぁ、これからのことは体調が良くなったら考えよう。

そう思い、俺はゆっくりと目を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あれから3日。俺は徐々に体調を回復していった。

まだ37.8℃はあるが最初に比べたらだいぶマシである。

また明日からは会社に戻らなければならない。

……あ。

やべえここ一週間くらいメール確認してねぇ。会社から絶対なんかきてるなコレ……

慌ててスーツからスマホを取り出す。

幸いにも漫画みたいに画面が真っ暗……って言うことはなく普通に作動してくれた。

通話チャットアプリ、「パラソル」を開く。会社内でのやりとりは全てこのアプリが使われる。


「……は?」


思わず声が出てしまう。

俺がパラソルの通知欄を見るとそこは地獄のようになっていた。

労りのメールなんて甘いものは一件も来ておらず、その代わりにあったのは上司からの大量の仕事のメールと叱責の言葉のみが並んでいた。


「……クソかな?なんだあのクソ上司は!?部下がインフルエンザになったって言うのに心配もせずに仕事ばっか押し付けやがって!ふざけんなハゲ野郎!あんな印刷会社辞めてやる!」


本人がいない中で散々言いたい放題言った後、俺はスマホを放り投げ、ふて寝モードへと突入した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

社畜がVtuberをする話 不死裂@秦乖 @husisaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ