第9話 絶対絶命

とりあえず家の駐車場に車を止めて、佐藤をおぶる。

佐藤は意外にも軽く、階段以外は普通に歩けていた。

佐藤はスースーと寝息を立てている。まともに寝れていなかったのだろうか、目の下にはクマができていた。

階段を登り終えて、家のドアノブを捻る。


「ただいまー」


「んー?おかえり咲。なんか帰ってくるの早すぎない?」


「いや、インフルエンザになっちゃって…強制送還だよ。」


「ん?インフルエンザ?え?やばいじゃん。」


「やばいよ?でも、私は症状が軽いからいいんだよ。本当にやばいのは私がおぶってる人。」


美琴は私から佐藤に視線を注ぐ。そういえば美琴は佐藤のこと知らなかったな。


「この人?同じ職場の人?」


「うん。同期の佐藤。とりあえずこいつを寝かせてあげて。」


「わかった。あんたもインフルなんだったら治るまでは寝ててね。あ、あと来客用の布団を持ってきて。リビングで寝かせるから。」


「ん。わかった。」

私は箪笥から来客用の布団を取り出す。

誰か友達でもきた時にと買っておいたものだが仕事でそれどころではなく、使われず新品の状態のまま放置していたものがここで役に立つとは…

布団を取り出してリビングへ向かう。佐藤は苦しそうに唸りながら寝ている。


「はい。これ持ってきたよ。」


「ありがとう。ご飯は作っておくから。何か食べたいものはある?」


「軽いとはいえインフルだから食欲があんまりないんだよね…おかゆとか雑炊でいいよ。」


「わかった。鮭雑炊でいい?」


「うん。いいよ。ありがとう。」


そう言って私は部屋に戻る。

布団に飛び込むと疲れがドッと襲ってきた。

風邪をひいてる人が人をおぶって帰ったら疲れるわ。

川崎くん達に仕事任せちゃったけど大丈夫かなぁ…何事もなかったらいいんだけど…

疲れているのについ、仕事のことを考えてしまう。悪い癖だ。

うーん…とりあえず寝よ…

ゆっくりと来る睡魔に抵抗することなく、私は眠りに落ちて行った…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……く………咲?起きてー。ご飯だよー」


「ん……うーん……?ご飯……?今何時……?」


「夜の7時。」


「…………は?7時?」


「うん。7時。言われた通り鮭雑炊作ったからだべてね〜」


「え、あ、うん…」


外を見ると寝る前まであった太陽は姿を消し、月光が部屋を照らしている。

嘘……何時間寝たの私!?てゆうか、佐藤にこの部屋見られてないよね!?バレたらVtuber 人生終わっちゃう……

ヒヤヒヤしながら私は台所へ向かう。が、その心配はなさそうだ。

佐藤は椅子に座りながらバクバクとお粥をたべていた。


「美琴……私お粥少しでいいよ」


「わかったお椀半分でいい?」


私は美琴の質問に頷くと、佐藤の隣に座る。


「おー山本。美琴さんのお粥うまいな!これいくらでも食えるわ。あ、そういえば体調どう?俺はバッチリ回復したぞ!」


「美琴のご飯が美味しいのはわかる。でもお前は食いすぎ。何杯目なん?それ。」


「えーっと……四杯目……ですね……」


「はぁ……佐藤の辞書には遠慮って言う文字はないのかよ……」


「ない」


「即答しないで」


そんな会話をしていると、私の目の前に少量のお粥が運ばれてきた。

鮭のいい匂いが鼻から通り抜ける。

スプーンをつかって口に運ぶと、優しい味が口いっぱいに広がった。


「んん〜〜〜」


美味しい。美味しすぎる。やっぱり美琴が作るご飯は美味しい。

ほんとは佐藤には食べさせるのはもったいないんだけどなぁ……そんなこと言ったら美琴に大目玉食らうけど。

半分ほど食べた後、チラリと佐藤の方を見る。結構食べたのだろうか、とても幸せそうな顔をしている。

ゆっくりと美琴の美味しいご飯を食べていると、佐藤が私に質問をしてきた。


「なぁ、山本。お前さ、Vtuberやってんの?美波って言う名前の。」


「ごっふっ!ゲホッ、ゲホッ!」


「おい!?山本!?大丈夫か!?」


想定外すぎる質問で思わずむせてしまう。

慌てて佐藤が背中をさすってくる。何気に男の人に背中をさすってもらったのは初めてかもしれない。

いやいや!今はそんなことはどうでもいいんだ!なんでバレた!?部屋は見せてないはずだし、公式グッズもまだ発売してないし………


「なんでわかった!?!?」


「肯定したなw いや、台所にアレがあったからな。もしかしてと思って。」


ふっと台所を見ると”まだ発売していない美波のアクリルキーホルダー”が飾ってあった。

今度新しく発売する美波アクキーの試作品としてもらったものを記念に飾っていたのだ。

どうせ誰も来ないだろうと思って油断したのが仇になった……


「ッスーーー」


「どんなドジなんだよw 山本、この件は誰にも言わないから安心しろ。」


「いや、何にも安心できないんだが?」


「俺の口が硬いのは知ってるだろ?絶対に言わないから。」


「ま、まぁお前の口が硬いのは知ってるけれども……」


チラリと美琴の方を見ると、口を開けたまま静止していた。

佐藤はそんな美琴に一礼すると椅子から立ち上がり、自分の荷物をまとめ始めた。


「ん?今日は泊まるんじゃないっけ?てか、治ってないのになんで荷物まとめてんの?」


「いやーご飯食べたらなんか元気になったわ。美琴さん、山本、お世話になりました。」


そう言うと、佐藤はトコトコと玄関へ行って家を出て行った。

扉のバタンという音で私たちは我に帰ることができた。


「ねぇ……美琴……これ……ヤバいよね?」


「うん……Vtuberやってて一番バレちゃいけないことバレたよ?美波ちゃんも引退かぁ……」


「まだやめるって決めてないよ!?」


そう、Vtuberが引退する理由は色々あるが、1番多いのは”身バレ”なのだ。中の人が割れてしまってもまだVtuberを続ける人はほとんどいない。というか、見たこともない。なので、身バレ=引退はVtuber界の掟なのだ。だが、美波はもしかしたらまだ引退しなくてもいいかもしれない。通常、身バレはネット中に顔画像が拡散されて引退するというルートがほとんどだ。だが、今回の場合はまだ知り合い一人にバレただけ。佐藤が周りに拡散しない限り、美波の中身が私だとはバレない筈だ。

だとしたら私が出来ることはただ一つ。助けてやった恩で言わせないようにする!


「もうあとは佐藤くんを信用するしかないねぇ。」


美琴がぽつりと呟く。


「まぁ、万が一バレたらアバターを作ってくれた人には申し訳ないけどVtuberを引退するしかないのは覚悟しとくべきだね。」


Trytterでエゴサをしても、まだ身バレ情報は出ていない。

佐藤が周りに拡散しなければ、何事もなく終わるんだけどなぁ……

アバターを作ってくれた「S.T」さんにも申し訳ないし……

そんなことを思っていると、また熱が上がったのか、視界がぼやけてきた。

仮にもインフル。無理をし過ぎたのか余計気持ちが悪くなる。

結局そのまま机の上に突っ伏して私は寝てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る