遺知人称視点
眠子 千世
本文
無人島に漂着し、どれ程 経ったか。
もう帰る気も帰る場所も、何も思い出せないでいる。
片隅に捨てられた、ボロボロの筏。
作ったは良いが……そこまで、
どうやら私に、オールを漕ぐ体力は残っていなかったらしい。
そんなある日、一人の無口な少年が流れ着いた。
せめて和ませてやろうと陽気に手を振ってやったが、少年は私を見るなり泣き出してしまった。
まぁ、気持ちは分からんでも無い。
私は泣き止まぬ少年の手は取らず、ただ暫くの間 拱いて。
そして泣き止んだ少年を手招いては、あのボロボロが棄てられた海岸へ連れて行った。
彼は、あからさまに顔を顰めた。
廃材にこびり付いていたインクが刻むワケワカメなカタカナ英語。彼らが主張する時は古く、脆く、頼りなかった。
これしか無いぞ、少年?
宥めたいのか諦めさせたいのか、自分でもよく分からないまま放った言葉が、恐らく凶器になったのだろう。少年は壊れたように、ケタケタと笑い出した。
──数分後、流石に泣き疲れたのか、いよいよ少年は立ち上がった。
ある筈の無い食料を求めて、既に藍が滲み始めていた海岸をふらつき始めた。
時折、缶を棄てる音が、木片が割れる音がこだます。 ……踏んだな、うん。意外と楽しいんだよな、ソレ。分かるよ、
しかし疲れ果てたのだろうか、
やがて、夜は波だけの物になった。
数日後、いよいよ覚悟を決めた様で。
少し窶れた貌で少年は、筏を海岸まで引き摺っていった。
痩せこけた腕でポチャンと音を鳴らしては、延々と続く海原に筏を浸した。
ん?……おや、
どうやら一人では心細い様だ。此方に忘れ物を取りに走って来る。
ヤレヤレ、私は別に此処で良いのだが……
しかし彼は止まらない。相変わらず話を聞いてくれない。まぁ、嬉しいケドさ……
「おぉ!、」
少年の唸り声を皮切りに、思ったより力強く始まった船旅。一体いつまで続くのだろうか。
責めて、責めて、彼だけでも──
・数日後、とある救助隊員の手記より抜粋
それは奇跡だった。
一月前の深夜、沖合で発生した座礁事故。最後の最後まで行方不明だった少年が、なんと生きた状態で見つかったのだ。
少年は酷く衰弱していたが、意識はしっかりとしており、我々の渡した飲料を自力で飲み干し、ビスケットを 2、3 度 齧った。
「この人が助けてくれた、筏をくれた」
少年はそう言い、我々にある物を見せた。
痩せ細った腕の中、大事そうに抱えられたソレは、明らかに人間の骸骨だった。
後日調査で彼女の死亡年代が、筏の材料の製造年と、かつて同じ場所で発生していた女子高生の自殺と、一致していた事が分かった。
伝える気にも、項垂れる気にも、慮る気にもなれなかった私は、数日後、松葉杖を着きながら退院を迎えた少年の元へ──
ただ、「ありがとう」と伝えた。
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遺知人称視点 眠子 千世 @Nekoyasan0706
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