君よ!僕で変われ!

芦原瑞祥

気づけよ!

「マサキー、聞いてよ! また振られちゃった」


 幼なじみのカナが、居酒屋に入ってきて僕を見つけるなり言う。

 飲みの誘いが来た時点で察していたけど、今度の奴は一ヶ月ももたなかったのか。


 カナは、カレシがいる間は「誤解されたら困るから」とか何とか言って僕のことを放っておくくせに、振られたときは真っ先に声をかけてくる。


 カナとは幼稚園の頃からの腐れ縁で、小学生の頃にはすでに恋愛相談を受けていた。

 かけっこがいちばん早いツヨシ君にバレンタインチョコをあげたいけど恥ずかしいから代わりに渡して、と頼まれたのが始まりだったか。


 結局、渡しに行ったのはいいけれど「ハートのチョコとか糞ダセエ」と鼻で笑われて受け取ってもらえなくて、ビービー泣くカナを慰めるのに大変だった。

 ツヨシ君の姿が見えるたびに涙ぐむから、おもしろい話をしたり、服のセンスとかいろいろ褒めたりと、カナが落ち込まないよう僕は必死で気を配っていた。


 中学生のときに、ちょっと不良っぽい先輩に恋したものの「うっせえ真面目ブス」と言われて撃沈したカナがグレようとするのを止めたり、高校生のときに小難しい知識をひけらかして周りを見下す男に「言ってることわかんないけどステキ!」とか熱を上げるも案の定低俗呼ばわりされてアイデンティティクライシスに陥っているカナに自信を取り戻させたり。


 大学生になってからはひどかったな。

 自称役者志望のプーに入れ込んで、子どもの頃からのお年玉貯金を全部つぎ込んだあげく怪しいバイトをしようとしてるのを間一髪で止めたり、ネズミ講やってるキラキラした男に何か買わされそうになってるのを止めたり、勧誘員に惚れたからって評判のよくない新興宗教に入信しようとしてるのを止めたり、以下略。


 カナはいつも言う。

「この人だってピンときたの! 直感って大事なのよ」って。


 注文したビールのジョッキを傾けるカナの横顔を、俺はなんとも言えない気持ちで盗み見る。


「で、今回は何が原因?」


「あいつ、三股かけてたのよ! 二股でも許せないのに三股!」


 なんで直感でそんな変な男ばっかり引き当てるのかね、我が幼なじみ殿は。


 カナは別に頭が悪いわけじゃない。県内でも一番偏差値の高い高校に進み、大学は法学部、在学中にいくつか資格も取っている。

 それなのに、自分の恋愛になるとどうしてこうアホになるんだ。


「あのさ、これだけ失敗続きなんだから、直感じゃなくて、『直観』で選んだらどうかな」

 注文しておいた、カナの好物のスルメの天ぷらを目の前に置いてやりながら、僕は言う。


「なによ、その謎かけみたいな言葉」


「読み方は同じだけど『観る』の方の直観は、過去の知識や経験に基づいているんだ。感覚じゃなくてね」


「何? これだけダメ男を引き続けたんだから、経験から学べっていう嫌味?」

 

「いや、そうじゃなくて」


 実を言うと、僕はずっとカナのことが好きだった。

 カナがしょうもない男に熱をあげて、しばらくすると泣きながら僕のところへ愚痴を言いに来るのを、いつもいつも胸が張り裂けそうな思いで見ていた。

 

 なんで気づかないんだよ!? 筋肉少女帯の『君よ!俺で変われ!』を目の前で熱唱してやろうか?


 それなのにカナは、スルメをブチブチ噛みちぎってビールを飲み干し、高らかに宣言する。


「あーもう、わかった! 私、恋愛は卒業して一人で生きる!」


「だからなんでそう両極端なんだよ!?」


「人は恋のみにて生きるにあらずだもん!」


 僕は溜め息をついて、ちびりとビールを飲む。


「じゃあ、もうこうして一緒に飲んだりしないのかよ」


 え、とカナが大人しくなって僕を見る。


「カナが僕を呼び出すの、いっつも振られた後じゃん」


 沈黙のあと、カナが小さく「ごめん」と言った。

「そういうつもりじゃなかったんだけど、なんかこう、私も、言い訳がないと誘いづらくて……」


 カナがこちらを窺いながら、おずおずと言う。

「心の底から信用できる男ってマサキだけだから、いつも何かあるとマサキの顔が浮かんじゃって、つい。でも迷惑だったよね。気づかなくてごめん」


 いやいや、そうじゃなくて!


「愚痴に付き合わせるのは、今日で最後にする」

 そう言ってカナは、しゅんとうつむいてしまった。


 僕はビールを一気に飲み干すと、酔いの勢いを借りて言った。


「じゃあ、今度からは僕が誘うから!」


 カナが顔をあげる。


「いつも僕の顔が浮かぶんだったら、直観がそう言ってるんだよきっと」


 心臓がバクバクいって飛び出しそうな中を、僕は叫ぶように告白した。


「だからもう、僕にしておけよ!」


 言った! 言っちまったよ、僕!

 

 そのあと、頬を赤らめて「うん」と言ったカナのはにかんだ表情を、僕は一生忘れないだろう。


 緊張しすぎて吐きそうだったので、情けないながらも僕はトイレに立った。

 後ろでカナが小さく「やっと言ったか」とつぶやいたような気がしたけれど、まあいいか。

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君よ!僕で変われ! 芦原瑞祥 @zuishou

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