キチョウ組合

 部屋に男達が乗り込んで来た時にはすでに誰もいなかった。


「おい!誰もいねぇじゃねえか!」


「どうなってんだ?他ァ探せ!」


「おい、これ見ろよ。ここから逃げたみたいだぜ」


覆面をした男が伏せて見つけたのはベット下に開けられた穴だった。


「下だ!急げ!」


 荒々しい足音が下に行くと共に再び部屋に静寂が戻った。


「ふぃー危機一髪ってやつだったな」


「"姿隠しのマント"、調達しといて正解でしたね」


「"迷宮ダンジョン"の仕事道具としてだけどな」


 部屋の一角に娼婦と共に身を隠していた二人は彼女たちに別れを告げて急ぎ宿から出た。騒ぎの中、攫い屋達は裏口の方に向かって行ったため、表から抜け出る事は容易かった。何事も無かった様に夜中の騒ぎで群がった人集りに溶けていく。


「仕方ない、"キチョウ組合"の本部で朝を待つか。騒がしくて寝れないのは辛いが、あそこなら攫い屋は来ない」


 街の中心部、大広場の一角に市中でも一段と大きく高い建物が二つあり、一つは街を囲む石壁に連なる城砦の拠点で鎧を着た兵士が多く出入りしている"王立騎士団"の組合の本部。もう一つは街の中心広場の前に聳え立つ十数階ほどはある木造建築物であり、正面には"鬼鳥組合本部"と達筆な漢字で書かれた看板が目をはった。


「あれって、僕の世界の…漢字ですよね?」


「あぁそうだ。この組合を作ったのは君と同じ世界から来た転生者だからな」


「僕の他にも転生して来た人っているんですか?」


「当たり前だとも。この世界に目を付けている神は大勢いるからな。神の数だけ転生者もいるはずだ」


二人はぞろぞろと賑わう組合本部に正面から入って行った。中は一階から三階までが吹き抜けになった開放感のある空間になっており、食堂と組合の受付が一体となっていた。

夜遅くではあったが、依頼から帰って来た冒険者や傭兵のグループが何組も宴会やら報酬の手続きやらで居り、外よりは落ち着いていたがうるさかった。


「こんばんは、見ない顔ですが、いかがされしましたか?」


早速二人に声を掛けて来たのは若い茶髪を三つ編みにした受付嬢だった。


「こんばんは、実は私たちは冒険者で、この街は初めてなのですが、宿で攫い屋にあってしまって、こちらの食堂に逃げてきた所なんです。ここなら攫い屋は来ないと思って」


「そうでしたか…でしたら是非ご利用下さい。本当は、"ギルド"に登録されている方のみ利用出来るのですが、温かいスープくらいなら提供できますので」


「ありがとうございます。お言葉に甘えていただきます」


「いえいえ!最近はあなた方の様に攫い屋に襲われた方がよくいらっしゃるのでこういう対応ももう慣れてしまいました」


なるほど、だから入ってすぐに受付にも行っていないのに声を掛けられたのか。とコウタは妙に納得した。受付嬢は優しい笑顔のまま食堂まで案内してくれた。


「もしかしてですが、お二方はこちらで"ギルド登録"をする予定だったりするのでしょうか?同じような方がよくいらっしゃるのでお聞きするのですが」


「はい、そのつもりでした。本当は明日伺う予定だったのですが…」


「やっぱり!実は関所の衛兵から二名ほど登録志望者がいると報告を受けていたのです。あなた方だったのですね。なら今、書類をお持ちします。スープはあちらのカウンターで受け取れるのでお飲みになってお待ちください」


ぺこりと頭を下げて受付嬢は奥へ消えていった。二人は言われた通りカウンターへ行くと大きめの陶器のカップに入った野菜と何かの干し肉の細切れが沢山入ったスープが出された。席は空いていたらどこでもいいと言われたので隅っこの人気のない長椅子に腰掛けた。


「あの関所の人、ちゃんと口利きしてくれていたんだ…」


「後でお礼に行かないとな」


「そうですね。ん!このスープ美味しい…」


「干し肉に塩を使っている分、味もしっかりしてていいな。ルーニャは内陸だが海に伸びる街道沿いだから塩は結構安価に手に入るんだ」


そうして、スープで体を温めながら、他の冒険者たちの宴会を遠目に見ながらいると受付嬢が再びやって来た。


「お待たせ致しました。書類をお持ちしたのでここに記入をお願いします」


そう言われ、一枚の紙とインクとペンを渡された。


「この用紙はお二方のパーティの仮登録の書類になります。名前と担当職、それから"転生者"か"召喚者"か否かの所にチェックをお願いします」


そう言われ、二人は文面に目を通す。コウタは転生者であるので、少し警戒していた。伝わったのか受付嬢は咳払いした。


「キチョウ組合では転生者や召喚者の登録を優先しているのです。元々、創設者が当時各地で迫害されていた転生者たちをまとめ上げてイミリの領主と共に保護していき大きくなっていった組織なのです」


「そう、なんですか…」


「白髪の方は転生者と見受けましたがどうでしょうか。白髪は"神聖"の転生者と聞きます。見たことはないので自信はありませんが…」


「よく分かりましたね、そうです。私はただの僧侶ですが、こいつ、コウタは転生者なんですよ」


「やっぱり!私、転生者は初めて見ました!」


明るく受付嬢はコウタに握手を交わす。コウタは少し照れ気味だった。ハッと受付嬢はまた咳払いをした。


「失礼致しました。えっと、ではこちらの書類は明日の昼前には受理されますので日が昇りましたら受付までお越し下さい。面接をした後、正式な登録となります」


「分かりました。よろしくお願いします。えっと…」


「レンです。レン=フォルジャーと申します」


「レンさん。俺はトキヤと言います。ありがとうございました」


「いえいえ!トキヤさん、コウタさん、頑張って下さいね」


そう言って少し照れ顔のままレンは二人がサインをした書類を持って去って行った。夜は深まり、二人は空になった器をカウンターに戻すと余ったからとスープおかわりを貰って食堂で過ごした。宴会は日が昇るまで続いた。結局、寝るのは諦めていたので二人は日が昇ると組合本部の前の水汲み場でタオルを濡らして身体を拭いて、それから受付に向かった。




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崖っぷち神様と捨てられた世界 花嵐 龍子 @karanryu

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