乙女のまよびき

 個人的にも不愉快だった広開土王碑捏造騒ぎの顛末など、興味のあるところから拾い読みをさせてもらっている。

 項目「大ヒット本『サクッとわかる ビジネス教養 地政学』の古代日本史観へのツッコミ①」」で紹介されていた、
「譬如處女之睩有向津國。〈睩、此云麻用弭枳。〉眼炎之金銀彩色多在其國。」
 書紀のこの箇所が、気になって仕方がない。
 古事記をみると、
「西方有國。金銀爲本。目之炎耀。種種珍寶。多在其國。」
 譬如處女之睩有向津國とは書かれていない。

「愈茲國而有寶國、譬如處女之睩、有向津國睩、此云麻用弭枳、眼炎之金・銀・彩色、多在其國、是謂𣑥衾新羅國焉。」

 睩=マヨビキ。
 まよびきとは、麻用弭枳(マヨビキ)
 眼が動くこと。視線。古語辞典では眉引き(眉墨でかいたまゆ)
 わざわざ此云麻用弭枳だと解説してある。睩とは、まよびきのことだよと。
 日本書記編纂時、麻用弭枳はあっても「睩」は常用されていなかったのだろうか。

 仲哀天皇が悩んでいるところへ、皇后に神が憑依した。その神託の中にある「乙女のまよびき」という記述。新羅に軍を向かわせよと一生懸命、仲哀天皇の気を惹こうとしている。「睩とはね」と注解までつけて、記述が人間くさい。
 託宣を得て仲哀天皇をけしかけた皇后はその後、想像以上にご活躍だ。その神功皇后の大冒険だが、創作ということになっている。「帝紀・旧辞」の間違い探しをしながら記紀は編まれたんじゃなかったのかと云いたくなる。

 ところでこの箇所をどうやって訳せばよいのだろう。
 津は港だ。
・譬如處女之睩有向津國=海に向かえば乙女のまなざしのような美しいもの(後述から金銀財宝)があるではないか。

 まよびき=眉引きとするなら、
・譬如處女之睩有向津國=海に向かえば乙女の眉のようなかたちの島影が見えるだろう。

 すっと弧を描いた乙女の眉のかたちの方が、「睩=まよびき=眉引き」としてあり得るような気がしてしまう。「まよびき」を重ねて書くことで、若い女のきらきらとした流し目を想像させて、新羅遠征にはいいことがありそうに日本書紀では匂わせているのだろうか。


 そんな想像力過多な迂闊な者たちは、是非こちらの「『古事記』『日本書紀』から学ぶ日本古代史学習エッセイ」を読んで襟を正そう。
 フィーリングで解釈するな莫迦者、あくまでも記紀を聖典とせよと叱ってくれる。
 元々「古事記」からしてぶっ飛んだ想像力の産物なのだが、真偽不明でもいいの! 古代を二次創作するのならとにかくこれを原作にしなさいということだ。
 手塚治虫「火の鳥」ですら、ファンタジー前提なのに、「事実と違う」とばっさりだ。君が代はヘブライ語~などと、幾ら面白くても口にしたらぶっ飛ばされそう。

 八岐大蛇。
 熊野を越えさせるために高天原の神が神武天皇に遣わした三本足の八咫烏。
 咫は親指と中指または人差し指を開いた距離だから、×8の大きさの烏なのか。それとも違うのか。頭を八つもった悪い大蛇だけでなく神さまから遣わされた鳥さんにも八がつく。
 なんで八なんだろう。
 さらに大蛇に頭が一つ増えて九つになると、鬼を食べてくれる益蛇になるそうだ。
 まよびきどころじゃない、一度小さなことが気になると延々と沈んでいく麗玲さんの記紀沼へようこそ。

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