見えない友だち
長月そら葉
あのね、きみにだけ話すんだ。
家のドアを勢いよく開け、わたしは階段を駆け上った。そして、もう一度ドアを開ける。バンッて音がするくらい。
「ただいま! あのね、今日は先生に絵を褒められたんだよ!」
桃色のランドセルを机に放りだして、わたしはにっこり笑った。
わたしの名前は
今日は工作の授業があって、そこで『教室にあるもの』をテーマに絵を描くことになったんだ。それでわたしは、先生の机の上にあった絵具と絵筆を描いたの。
45分の授業時間のうち、30分はそれにあてられたのかな。
みんな教室の色んなところに散らばって、鉛筆と色鉛筆を走らせていた。わたしもその一人だったけど。
時間が来て、先生が「席に戻りなさい」って号令をかけた。わたしはもう少し描いていたかったけど、渋々席に戻る。
「ねえ、紗ちゃんは何を描いたの?」
隣の席で仲良しの
「有紗ちゃんは何描いたの?」
「わたしは、自分のスケッチブックと鉛筆。紗ちゃんは?」
重ねて言われて、わたしは自分のスケッチブックを立てて見せた。
「わたしはね、絵具と筆だよ」
「おおっ。うまく描けてるね」
「本当? ありがとう。有紗ちゃんも上手だよ」
「ありがとー」
そんな話をしていたら、先生がこちらに目を向けた。
「今宮さん、
「「はーい」」
わたしたちが素直に返事をすると、
それから、座っている順番に自分が何を描いたのか発表していったの。みんな上手に描けていたから、見るのも楽しかったな。席は学期の初めに席替えをしたから、出席番号順じゃないの。
「次は、今宮さんね」
「はい!」
わたしは返事をして、スケッチブックと一緒に立った。そして、絵具と絵筆の絵を先生とクラスメイトに見せるために黒板の前に立ったんだ。
「わたしが描いたのは、先生の絵具と絵筆です」
「お~。私の筆と絵具だね? 使い古した感じとか、汚れた感じがうまく描けてるね」
「ありがとうございます!」
先生はみんなに感想を言っていたけど、わたしにもくれた。それがとっても嬉しかったの。
自分の部屋で元気いっぱいに今日1日のことを話すわたし。だけど、相手はお母さんじゃない。
わたしのお母さんもお父さんも仕事で朝早く夜遅いんだ。だから、わたしはお家で一人でお留守番していることが多い。よく近所に住んでいるおばあちゃんがご飯を作りに来てくれるし、夕方まで友だちと遊んでいれば寂しくないよ。
それに、わたしには友だちがいる。
それは、目の前にいる女の子だ。名前はちーちゃん。
ちーちゃんは、わたしが小学4年生の時からこの部屋でわたしの帰りを待っていてくれるの。
うさぎさんみたいなツインテールが可愛い、わたしより一つ年下の女の子。目はぱっちりとしていて、その辺りのアイドル並みに可愛いんだよ。
でも、残念。ちーちゃんはわたしの話を聞いてくれるけど、喋ってはくれない。いつも、にこにこしてこちらを見ているだけ。
ちーちゃんはね、小学4年生の時に現れた。毎日1人で寂しいから、こんな友だちが欲しいなってずっと思ってたんだ。
そうしたらね、ある朝横に立っていたの。もう、びっくりしたんだ。
だから、その日珍しく遅出だったお母さんに報告したの。欲しかった友だちが部屋にいてくれるの、見てって。
お母さんはわたしに引っ張られて部屋に来て、首を傾げた。
「……紗ちゃん、誰もいないよ?」
「え?」
わたしには、女の子が見えるのに。お母さんには見えない。
お母さんはすぐに仕事に出かけて、わたしは学校に行った。
帰って来て、部屋を見て、やっぱり女の子が迎えてくれた。
だから、わたしは誓ったの。もう、誰にもこの子のことは話さないって。話しても、誰も信じてくれないからって。
それから、家に帰ったわたしが最初にすることは、ちーちゃんへの報告になった。ちーちゃんはいつもそこにいて、話を聞いてくれた。
だから、寂しさは半減した。
きっとこれからも、ちーちゃんはわたしの傍にいてくれる。彼女が何者かなんて、どうでもよかった。
だから、今日も言うんだ。
「あのね、ちーちゃんにだけ言うんだけど……」
ちーちゃんが『直観像』という存在だったと知るのは、もっと先のお話だ。
見えない友だち 長月そら葉 @so25r-a
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