女騎士が直観をもとに欲望を満たした話

三枝 優

女騎士は欲望に身を焦がしていた

 その日。午前中の訓練を終えシルビアは町を歩いていた。

 演習場から宿舎へ戻る途中である。

 近衛騎士団小隊長の女騎士であるシルビア。

 背は高く、均整の取れた体形。

 白い甲冑にブロンドのヘアが良く映える。

 無表情ともとれる、冷徹な顔。とても美人である。



 だが、シルビアは心の中に、激しい欲望を抱えていた。



 ”私の欲望を満たす方法はないか”

 町を歩きながら、そのことだけを考えていた。



 ふと、人気の大衆居酒屋が目に入った。

 シルビアも夜中にお忍びでよく来る。


 この店の料理人である、シュンは異世界人だ。

 まだ幼いともいえる17歳。だが、異世界仕込みの料理の腕は見事。

 たくさんの種類の絶品料理。それでいながら、リーズナブルな値段で街の男たちに人気となり毎晩盛況である。


 しかし、今は閉店中。

 扉は閉まっている。

 昼間、シュンは食材を確保しに出かけていることも多い。



 その時、シルビアの直観が閃いた。



 昨夜、シルビアはこの店に来ていた。そしてシュンと会話をしている。

 確か、シュンは3日続けて食材を仕入れに行っていたはず。仕入れた量はしばらくは十分足りるだろう。

 それならばシュンは、今日は店にいる可能性が高い。

 注意してにおいを嗅ぐと、店の中から何かの香りがする。油のようなにおい。


 シュンが中にいる・・・

 おそらくは一人で。


 シュンならば、きっと私を満足させてくれるはず。

 いや、私の欲望を満足させられるのはシュンだけだ。



 そして、シルビアは己の欲望に突き動かされるままに行動した。

 近衛騎士団にあるまじき行動。 

 でも、あまりの欲望に己を抑えることができなかったのだ。


----


 シュンは、店の中にいた。

 午前中は店の掃除をし料理の仕込みをしていた。

 

 そして、いまから昼ご飯。

 今日の昼ご飯は、ご馳走だ。

 この異世界に来て、ようやく作ることができた料理。


 かつ丼。


 この世界では、燻製でも干し肉でもない生の豚肉はめったに手に入らないのだ。

 豚肉と言っても野生の獣で、イノシシに近いものらしいのだけれど。

 それをようやく一切れ入手した。

 高かった。とても高かった。

 臨時収入が無ければ、買うことができなかった。


 肉をたたいて筋を切り玉ねぎの汁に漬けて柔らかくする。

 パン粉も自家製。パンを焼くための窯を作ることから始まった。

 パンを焼く小麦粉も自家製。石臼を自分で作って粉にした。そうしないと、全粒粉しか手に入らないのだ。もちろんバターも手作り。

 新鮮な卵も貴重。昨日、農家まで行って直接仕入れた。

 醤油ももちろん自家製。みりんもコメを発酵させ酒から造っている。


 そんな多大な苦労をして、ようやく作ったかつ丼。

 今回を逃すと、次はいつ食べられるかわからない。


「さて、いただきま~す・・」



 バン!



 その瞬間。

 店の扉が大きな音を立てて開いた。


 扉を開けたのは甲冑姿のシルビア。

 逆光で表情は見えない。


「あの、シルビアさん。今は閉店中です。

 開店は夜からになります」


 シュンは箸を持ったまま、言った。

 しかし、シルビアは無言。


 店内に入って来た。

 ばたんと閉まる扉。


 コツ・・コツ・・コツ


 シルビアの歩く音が床に反射する。

 ただならぬ気配。


「あの?シルビアさん?今は閉店です・・」

 箸を置いて。営業スマイルをする。


 それに対しても無言のシルビア。


 コツ・・・コツ・・コツ・・


 シルビアは無表情である。

 彼女はシュンのすぐ横まで来た。


 シュンを無表情で見下ろす、甲冑姿の女騎士。

 ジッ・・・と、1点を凝視している。


「ええと、シルビアさん・・・・?」




 そして・・

 略奪が始まった。




「シルビアさん・・・だめです!やめてください!ああ!!・・・・」


「ダメですって!・・・・手を放して!おねがいですから!」


「そんなに・・・あっ・・・やめてください・・・」


「・・・もう、いいでしょ、放してください・・・」


「もう、やめて・・・」


「・・ああ!」


「・・・・」



 クチャ・・クチャ・・クチャ・・

 店内に響く音。



 ふう・・




 やがて、すっかり満足した女騎士。



 満面の笑顔。立ち上がり、一つ伸びをした。

 口を手で拭うと、出口の方に歩いていく。



 店の扉に手をかけ、振り向くと言った。



「とてもよかったよ。またよろしく頼むわ」

 己の欲望を満足させ、女騎士は店を出て行った。



 店には・・・

 床に座り込んだままのシュン。

 ほほには涙。

「ひどいや・・シルビアさん・・・」



 そして、テーブルの上にはが残されていた。

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