直観だけで生きていく。

かなぶん

直観だけで生きていく。

 幼馴染みが勇者になりました。

 それはいい。

 何せ彼は実力もあるし、冒険譚の主役でも申し分ないくらい顔も良い。

 人当たりも良いから、村でもそこそこ人気がある方だとも思う。

 しかし――

「よし、行くぞ!」

「いやいやいや、ちょっと待って!? 行くってどこへ!? ううん、勇者が旅立つなら魔王の居城だろうけど、どうして私まで!?」

 がっちり掴まれた手首に青ざめた顔を必死で振った。

 それもそのはず、勇者の幼馴染みである彼女は、魔法使いという肩書きはあるものの、知識量は見習い以下。しかもどちらかと言えば、気休め程度のまじないしか知らない。王国の精鋭が集っても敵わない魔王の軍勢相手では、足手まとい以外の何ものでもないだろう。

 だが、勇者は聞く耳を持たず、魔法使いへ足払いを仕掛けては、宙に舞った身体を横抱きに走り出した。


 そこから魔法使いが見聞きしたことは、まさに冒険譚のダイジェスト。


 古くから伝わる勇者の装備の話を聞くやいなや、曰くつきの洞窟や塔を訪れた勇者(と魔法使い)。勇者は初めて訪れた場所にも関わらず、罠や仕掛けを一目見ただけで解いては、辿り着いた最奥で件の勇者装備を発見。

 あれよあれよと、今ではどこにあるかも分からないと言われていた装備一式を揃えてしまった。

 勇者が言うには、「そこにある気がした」そうな。


 各地に散らばっていたそれら装備を集めるまでにも、実に様々なことがあった。

 たとえば訪れた村で、丁度実家を訪ねる聖女一行がいたのだが、感動の親子の再会の最中、勇者がいきなり父親を斬りつけた。

 当然、魔法使いは言葉を失くし、聖女は勇者を恨むが、実はこの父親、魔物が化けた姿。とどめの一撃を避けて正体を現した魔物は、聖女の本当の父親は、数年前に食い殺したと言い、聖女も肉がつくのを待ってから喰おうとしていたと言う。

 これを見事に下した勇者は、村人たちの感謝を背に別の場所へ向かい、そこでもいきなり広場の中央にいた娘の頬を張った。

 ちなみにこの娘、その地域一帯を実質支配する豪商の一人娘であり、なかなか厄介な性格の持ち主。

 けれど、娘はもちろん、魔法使い含むその場に居合わせた全員が反応する前に、怒濤の勢いで勇者が語り出したなら、大粒の涙を流して膝から崩れ落ちた娘は、これまでの己の行いを悔い、改心を誓った。

 その変わり様は居合わせていた豪商にも響き、結果として地域の安寧に繋がった、と魔法使いは後に風の噂で聞く。

 次いで訪れた街では、負け知らずの女剣闘士を”正攻法”で打ち負かし、強者の称号を得ては去ろうとする彼女を引き留めて、街と女剣闘士との絆を確固たるものにした。……これについては、魔法使いが”正攻法”という言葉の意味に悩んだものだが。


 他にもまあ色々あったものだが、もちろん、勇者が遭遇するのは人間に限らない。

 敵対者たる魔王軍、中でも恐ろしい四天王とはその数だけ戦闘があった。

 だが、それすら一瞬のこと。

 勇者の装備が揃う前に現われた一人は、的確に急所だけを突かれて絶命。

 装備が二つ、三つ揃った時には、次の目的地の前に珍しく寄り道すると言った勇者が、奇襲という形で二人目を刺殺。ちなみにこの二人目、狡猾な知将として有名であり、勇者の次の目的地へすでに部下を配置させていたのだが、先に頭を失ってしまった彼らに活躍の場は終ぞ訪れず。

 三人目は魔王すら超えると言われる力の持ち主だったが、その力を利用された挙句に自滅と言って良い最期を迎えた。

 残る一人は、最終装備を揃えさせまいと、いつも勇者と行動を共にする、否、共をさせられている魔法使いを人質に取ろうとしたが、現われたところを一刀両断。ちなみにこの時、魔法使いは入浴中だったのだが、羞恥に赤くなる前に全身を血で染められてしまったため、違う意味でトラウマになってしまった。


 そんなこんなで迎えた魔王戦は……やはり、早くに終わりを迎えた。

 即断即決の勇者を警戒し、最初から全力を出して来た魔王。

 魔王の領地内ということもあって、装備を揃えたところで勇者は圧倒的に不利。

 ――だったはずなのだが、短い旅でパパッと出逢ってきた者たちが、愛と勇気と正義と希望と、その他諸々の力を与えに、都合良く決戦の場へ登場。

 特に、聖女と豪商の娘、女剣闘士は、各々の能力・人脈でもって勇者を支援し、魔王軍の増援を妨害、排除。

 この勝機を逃すまいと、これまでの戦いのノウハウを余すことなく披露した勇者は、見事、魔王を倒す。


「……本当に、なんで私、連れて行かれたんだろう?」

 全てが終わり、王国の城を臨む丘の上。

 魔王討伐と勇者の帰還に湧く式典の最中、場違い過ぎる会場から早々に抜け出した魔法使いは、深く深くため息をついた。

 怒濤の旅路で彼女が得たのは、村にいた頃より無茶苦茶度が増した幼馴染みと、嫁行き前の身体を血まみれにされたトラウマ、やっぱり何の役にも立たなかった自分が強制同行させられていた謎。

「……帰ろう」

 長く――もない旅路から解放され、日常へ戻るべく、縁遠い城に背を向ける。

 しかし、数歩も待たず、ピタリと止まる足。

 今になって思い出すのは、そう言えば、勇者に連れられたあの日、家族に「いってきます」すら言えていなかったこと。

 次に思い出すのは、あの日は確か、父親から大事な話があると言われていたこと。

 魔法使いと勇者が暮らしていたのは、小さな村である。

 大事な話と言われて想像できるのは、十中八九、縁談。

 勇者は勇者として旅立つことが決まっていたから、他にその相手となりそうな者がいるとすれば――――

(もしも相手が彼女のお兄さんだったら……勇者が助けてくれたのかもしれない)

 頭に浮かんだのは、もう一人の幼馴染みであり、小さい頃から勇者に並々ならぬ思いを寄せていた娘。その兄は、そんな妹をヤバいくらいに溺愛しており、彼女のためなら結婚相手に好きでもない相手を望み、その相手をいびり倒すくらいしてきそうな野郎である。

 あの女のことだ。勇者が旅立った後の手慰みに、長年勝手にライバル視してきた相手を痛めつけようとしても想像に難くない。

(だとすると……余計、帰りたくないかも)

 世界を救う旅の果て、あんな短期間にも関わらず、勇者を慕う者は男女問わず増えていた。中でも濃ゆいのは、聖女と豪商の娘、女剣闘士の三人。あの三人がライバルと知ったなら、大半の女は諦めざるを得ないだろう。

 そうなれば、更に遠くなった勇者への恋慕を、八つ当たりに変換してぶつけられるに違いない。

「か、帰りたくないな……」

 魔法使いがそんなことを呟けば、

「帰らなければいい」

 そんな声がかけられた。

 顔を上げれば、王国の姫の前で跪き、褒章を賜っているはずの勇者がそこにおり、

「いや、俺と一緒に帰ればいい。俺の――勇者の妻として」

「え…………?」

 差し伸べられた手を見、真剣な勇者の目を見て、魔法使いは惚けた。

 つまり、これまで引きずり回されていたのは、いびられる彼女の未来を案じてではなく、縁談を邪魔するためだったのか。

 毛ほども考えていなかった勇者の告白に、魔法使いの心は最初から決まっていた。

「イヤです」

 どんな相手が彼に惚れ、彼を褒めようとも、それだけは受け入れられない。

 直観だけで生きているこの男のこと、自分を選んだのも結婚相手として間違いないと思ったからだろう。

 ただしそれは、この男の中での話。

 幼馴染みとしてのこれまでの付き合い、プラス、魔王討伐の旅路の中で、魔法使いも一つだけ直観したことがあった。

 コイツの直観はコイツの事情に特化しているだけで、こちらのことは全く考慮されていない、と。

 これをそのまま伝えたなら、勇者は少し考える素振りを見せ、

「つまり、魔法使いの得になることがあれば良いのか」

「え? いや、確かにそういうことになるのかもしれないけど――おおっ!?」

 ガッと手首が掴まれ、払われる足、舞う身体。似たようなことが最近あったと考える間もなく横抱きにした魔法使いへ、勇者は言う。

「よし、行くぞ」

「ちょっ、待っ、ひええええええ!!?」

 かくして、再び始まる二人の旅路。

 ――と、直前まで魔法使いがいた地面を割る斧。

 去りゆく二人を見つめる五つの影が今後どう動くのか。

 それはまた、別のお話。

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