魔王様の圧迫面接【テーマ:尊い】

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【求人情報】

未来を創ろう☆ 世界征服補助業務


はじめは初心者エリアから♪

慣れたらリーダーとして作戦指示も。

ゆくゆくは中ボス昇進! 一緒にレベルアップしていきましょう!


【募集職種】戦闘員(未経験者歓迎)

【雇用形態】正職員

【給与】月給1500G~ ※能力・経験に応じ優遇

【勤務】シフト制

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 面接会場の扉をめがけ、体当たりを3回した。コンコンコンではなくボンボンべちんになったが、ノックの意図は伝わったらしい。奥から「どうぞ」の声がした。

 ネコスラは一口ゼリーに似たぷるんとした身体をぎゅむと伸ばし、ハンドル式のドアノブを押し下げる。無事ドアが開き、殺風景な部屋がネコスラの目前に広がった。正面に簡素な長机、そこに面接官がふたり。ひとりはいかにも頑強なサイに似た魔物、もうひとりは豊かにうねる暗色の髪を背に流し、ローブで身を包んだ女性だ。

 ネコスラはできるだけ丁寧にドアを閉め、ぽつんと置かれたパイプ椅子の横まで跳ね進む。全身のぷるぷるがおさまるのを待って、身体全部でお辞儀した。

「よろしくお願いします。スライムのネコスラです」

「おかけください」

「はい、失礼します」

 ネコスラは椅子の上にジャンプする。座面に着地すると、また身体がぷるぷるした。力を入れ、揺れを落ち着かせる。大事な面接だ。丁寧に品よくふるまうべし。

 ――と、我が身を整えたネコスラは、しかし改めて向き直ったとき、羊羹のように身を固くすることになった。面接官の女性の視線が、ビームのようにネコスラを焼いていたからだ。

「ネコスラさんね。まず聞きたいんだけど」

 彼女が口を開く。なぜかそれだけで、ネコスラは縮み上がった。つり上がった細い目、細い鼻、とがったあご。繊細なつくりに見えて、彼女の雰囲気はその逆だ。漂うのは、なんともいえない威圧感。

 この方はいったい? ネームプレートを盗み見て、ネコスラは飛び上がりそうになった。

『魔王リアーダ』

 魔王――魔王って、魔王?

 信じられない。魔王。最高権力者ラスボス。こんな下っ端の採用面接に、普通お出ましになるものなのか? 少なくともネコスラは、魔王自らがこの場に出てくるとは想像もしていなかった。

「あなたの、その頭の上の。何それ? 耳?」

 魔王はネコスラの混乱になど思いを馳せる様子もなく、けだるげに爪をこちらに向けてくる。せっかく止めたぷるぷるが、また始まる。口も震えている。しかしとにかく、ご下問には答えねばならない。

「こ、これでございますか」

 ネコスラは、その「耳」の先を、意図して少しだけぴくつかせた。

 ネコスラたちの基本形は、「まんまるなゼリー」だ。その表面には、マジックで描いたみたいな黒丸の目がふたつと、線のような口がついている。無地のボールの表面にニコちゃんマークを書いたら、かなり近いものになるだろう。身体全部が頭といった感じだ。

 だがネコスラの「頭」には、他のスライムにない珍しいものがついていた。ちょうど猫耳みたいに見える、ふたつの帆のような三角形だ。これはネコスラが生まれたそのときからあるもので、ネコスラがネコスラという名前になった理由でもあった。

「これは耳ではございません。たまたまこの形に生まれつきました」

「へえ。確認だけど、実は猫の魔物ってことでは、ない?」

「は、はい。確かに私は体色もオレンジ透明でして、仲間にも茶トラ猫の顔が歩いているようだとからかわれたりもします。ですが私は猫ではなく、あくまでスライムで……」

「そ、わかりました、ならいいです。妙にあざと可愛いんで正直冷やかしなのかと思ったけど、真面目な応募なのね。了解しました」

 魔王の声は淡々としすぎていて、ネコスラには芯まで凍りそうに冷たく聞こえる。ネコスラはおさまらぬ震えがこれ以上大きくならないよう、懸命に力を入れて耐えた。

「では、ネコスラさん。改めて、当軍への応募動機を教えてください」

「は、はい」

 やっと面接らしい質問だ。ネコスラは軽く息をついた。リラックス、リラックス。

「えー……私が貴軍に応募しましたのは、世界征服という壮大な事業に惹かれたからでございます。貴軍の皆さまもご憂慮の通り、人間は我々魔物との共存についてはみじんも考える気配なく、やりたい放題に己らの版図を広げている状況です。貴軍の事業、世界征服とは、我々魔物の生きやすい環境を取り戻し、豊かに生きる権利を守る、すばらしい事業であると私は捉えました。そこで、ぜひとも貴軍の一員として微力を尽くさせていただきたく、応募した次第でございます」

「ふうん、微力ね。本当に微力よね、あなたスライムだし」

 うっ……ネコスラは喉の奥から出かけた呻きを飲み込んだ。

 魔王は組んだ手に細いあごをのせ、鋭くこちらをねめつけている。

「あなたさあ、求人票見たのよね。じゃ、うちが求めているのは戦闘員ってわかってるよね? 確かに未経験者歓迎とは書いてあるけど、弱くていいとは書いてないわけ。あなた、見るからによわよわだけど、実際どうなの。経験は?」

「経験はございません。強くもありません。しかし今後精いっぱい努力――」

「努力は当たり前なの。誰でも努力すんの。で、弱いあなたがうちにもたらすメリットは? あなた、なんで戦闘員になりたいわけ?」

「う、え、その――」

 ネコスラは全身に汗をかきながら考える。頭の中がカリカリいっている。考える考える。何か言え。何か。

「え、え、私は他のスライムにはないユニークな能力も保持しておりまして、れ、レベルアップすれば決してただのスライムとは呼ばせぬ活躍ができると、じじ自負を――それで私としましては、もちろん最初からできるとは申せませんが、一日も早く戦力となれるよう諸先輩にも学び……」

「ふーん。つまりうちは、あなたのレベルアップを待たなきゃいけないと。しかも先輩というリソースを割かねばならないと。で、それで戦力になれる保証ある?」

 ネコスラはうつむいてしまう。何か言わなきゃと思うのだが、言葉が出なかった。

 黙っていると、魔王はため息まじりに、横に控える面接官の方に手を伸ばした。ネコスラが提出した履歴書を引き寄せ、しげしげ眺める。

「あなたのスキルは……えーと、体当たりに身体の変形、それと……子守歌? なにこれ」

「は、はい!」

 ネコスラはぱっと顔を上げる。一番PRできるところだ。

「子守歌こそは、他のスライムにない私だけのスキルです! これは聞いた者を眠らせる呪歌でして、敵に聞かせればその動きを止めることができます。ご存知の通り、私自身は決して強くありません、しかしこの歌で皆さんを補助できれば、戦闘においてかなりの貢献を……」

「それ、団体戦で使える?」

「え……」

「あのね、考えて? あなたみたいに弱い魔物、単独では戦闘に出せないわけ。つまり、仲間に影響が出ない技でないと、実戦で使っていただくのは難しいわけ。そこんとこ、わかる?」

 さっきまで固まっていたネコスラのゼリーの身体は、今度はとろけてきた。汗のせいか、それとも流すまいとこらえている涙のせいか。頭上の立ち耳の先っぽも、心なしかスコティッシュに似てきた気がする。

「……そ、そうですね……ごもっともです。では皆さんは耳栓などでご対応を……」

「じゃあ敵も、耳ふさげば解決だよね」

「……」

「あと、耳栓、うちの経費になるよね」

「……」

「だめだよね、その作戦」

 気持ちが切れる。ネコスラは打ちひしがれて溶けきった。

 ゲル状座布団みたいに椅子に広がっていくネコスラの上に、魔王の声が容赦なくふりそそぐ。

「あなた、なんで戦闘員で面接受けに来たの? 向いてないでしょ。もうちょっと自分の特性見て、応募考えようか。――じゃ、結果はおって連絡します。お疲れさま」


**


 しおしおとビルを出ていくネコスラの姿は、魔王ともうひとりの面接官の目に、それはそれは小さく見えた。地上7階の面接会場から見下ろしているからだけでなく、きっと本当に小さくなっているのだろう。身体も、心も。

 この面接で「おかけください」以外一言の出番もなかったサイ顔の面接官は、いい加減自分の仕事に戻りたかった。アピールするように書類を抱え直し、魔王を見やる。

「魔王様、もうそろそろ……あの者には、あとで不採用通知を送っておきますので」

「採用よ」

「は?」

「合格で電話して。私の秘書にする」

「え、ええっ、戦闘員の募集ですよ! それにあれだけ厳しくしておいてなぜっ……」

 思わずまくしたてかけた面接官は、ふりむいた魔王の目がギラリと光ったのにおののき、口を凍りつかせた。

 魔王は窓に向き直る。その身はいつしか、うっすらと輝き出していた。

「合格といったら合格。あの者は……尊い」

 山奥の沼に似ていた髪は艶を帯び、美しいピンク色になってきらきらと光る。

「尊いとは、魔王様」

「尊いのよ……可愛いのよ。ぷるぷるの猫ゼリーってだけでもう……萌えてるのを悟られないよう圧迫面接したのに、羊羹化したりふやけたりしながら頑張ってて、もう、もう……」

 やがて、輝きはひとつにまとまり、ハート型のシャボン玉になって、ぽこんと頭上に抜け出した。それはゆらゆらと浮いて、今度は外から、魔王をピンクに照らし出す。

「……可愛いのっ♡ 神過ぎなのっ♡ あんな子を採用しなくてどうするの! 採用よ!」


 こんな面接になぜわざわざお出ましにと思ったら、魔王様は可愛いものがお好きで、履歴書の写真だけでハートを射抜かれていたらしい。

 いつもの威厳も忘れ、ピンクに染まってくねくねしている魔王を前に、サイ顔の面接官は少しだけ考える。

 戦闘員希望のネコスラ。しかし戦力は期待されず、完全見た目採用となるネコスラ。

 果たしてこういう採用をしていいのか。人間らは、こういうのをルッキズムというのではなかったか。

 しかし――。


「承知いたしました。では採用で……」


 否が言えるはずもなく。

 サイ顔の面接官は、深々と頭を下げた。

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KAC2021のお題をでたらめに遅れてこなす個人メドレー 岡本紗矢子 @sayako-o

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