ちょっかん

烏川 ハル

ちょっかん

   

 俺がかよっている小説教室からは、何人もプロの作家が生まれている。ただし短編作家が多いらしく、講義の内容も長編の書き方というより、短編に特化している感じだった。

 月に一回の課題も、長編の一場面を書くのではなく、ショートショート一本を仕上げる、というものばかり。噂によると、この『課題』は、講師が知り合いの編集者にも見せるらしい。

 テーマに則した作品を短時間で仕上げる能力。それは編集者からしてみれば、自分の担当作家には是非ほしい能力なのだろう。『課題』を通じてプロにスカウトされた受講生も多い、という話だった。

 そうした噂を聞いているので、俺も毎回、コンテスト応募のような気分で課題に取り組んでいた。


――――――――――――


 今日の課題は、テーマが「直観」。

 直感と言われてまず思いついたのが、女の直感。恋愛ネタだった。

 夫の浮気を察知した妻が……というパターンだが、ありきたりな上に、そこから話をどう展開させるのか、オチが思いつかない。

 続いて考えたのはホラー。女性ではなく男性が主人公だが、「女性を次々とナンパして食い物にしていく」という男を想定した時点で、少し恋愛ネタを引きずっているような気がする。いつもターゲットは直感で選んでおり、それで成功してきたが、今回は人外の化け物を選んでしまい、最後に殺されて終わる……。

 これならば一応はオチもつくが、細部を上手く表現できる自信がなかった。ホラーは好きだが、上手く読者を怖がらせるのは苦手であり、いつもコメディーホラーになってしまうのだ。


「得意不得意を考えるならば……」

 おそらく『恐怖』は、自分から程遠いために、上手く書けないに違いない。作家には想像力が必要だが、全く経験していないことではなく、自分の経験に近い出来事の方が、上手く想像できるものなのだ。

 そこで。

 主人公を『編集者』と設定してみる。

「編集者に必要なのは、直感だ」

 みたいな書き出しで、新しい作家をスカウトする時の出来事を物語にするのだ。

 これならば、スカウトされる側の作家候補の立場から、何度も想像――妄想――してきたたぐいの話に出来る。

 コンテスト受賞にしろ、スカウト――いわゆる拾い上げ――にしろ、最終的には理屈ではなく、担当者の直感で決められるはず。小説の良し悪しも、売れる売れないも、ハッキリと目に見える根拠なんてありえない、と俺は思うからだ。

 だから例えばコンテストにおいて、受賞どころか一次選考ではねられたとしても、それは俺の作品が劣っていたからではないのだ。担当者のセンスに合わなかった、言い換えれば担当者の『直感』によって落選したに過ぎないのだ。

 ……と、考えていくうちに、編集者ではなく作家側の心境になってしまった。

 でも、これはこれで良いではないか。

 途中までは編集者主人公で書いておきながら、最後の最後で登場する、真の主人公。

「……というわけで、俺たちが落選したのは実力ではなく、編集者の『直感』のせいなんだ」

 と、傷を舐め合う落選作家二人。

 妄想オチだから、一種の夢オチになってしまうが、オチとしてはハッキリしている。


 というわけで、俺は短編『編集者の直感』を、今回の課題として提出したのだった。


――――――――――――


 小説教室からの帰り道。

 友人同士で参加しているらしい、若者二人の会話。

 特に耳を傾けたわけではないが、なんとなく聞こえてきたのが……。

「『直感』じゃなくて『直観』だもんなあ。最初、うっかり『直感』で書き始めちまったぜ!」

「要するに、あれだろ? ちょうど最近、漫画で読んだやつだ。競技カルタで当たり札が浮き上がってくる、って話。あれ『直感』っぽいけど、実は『直観』だろ? それを使わせてもらったぜ!」

「バカ、最近の漫画から持ってきたら、露骨にパクリじゃん! その点、俺は昔の漫画から引っ張ってきたぜ! 麻雀漫画で、相手のはいが透けて見えるという……」

「いやいや、古かろうが新しかろうが、パクリはパクリだからな?」

 まるで子供たちの「悪いことした」自慢のようだ。

 だが俺にしてみれば、パクリ云々よりも気になる点があった。

 重要なのは、今回のテーマが『直感』ではなく『直観』だったということだ!


――――――――――――


 帰宅した俺は、慌てて調べてみる。

 直感はよく聞く言葉だから良いとして、問題なのは、耳慣れない『直観』の方。

 辞書的な定義としては、知の領域で行われることでありながら、論理的な思考を挟まずに、即断的に認識すること。

「なんじゃそりゃ?」

 意味がわからない。

 さらに検索してみると、噛み砕いて説明しているサイトが出てきた。

 この手のサイトに書かれているのは、サイト主の解釈に過ぎないから、あまり鵜呑みにするのは危険だが……。

 直感とは勘、それに対して、直観とはひらめき。

 そういうことらしい。

「なるほど、それなら辞書的な定義にも合致するから、たぶん間違ってないだろうな……」

 ひらめきは一瞬のうちに行われるから、『即断的に認識』に相当する。ただし勘とは違って、無意識のうちに根拠を考えて、答えを出している。この『無意識のうちに』というのが『論理的な思考を挟まずに』であり、『根拠を考えて』が『知の領域で行われる』という意味のようだ。


 そこまで理解した上で、改めて若者たちの会話を思い出す。

 彼らが言っていた麻雀漫画の方は、俺も読んだことがあった。

 主人公のライバルには、他人のはいが透けて見えるという能力があり、当初それは特殊能力のような扱いだった。人智を超えるレベルの『直感』だと思われていたのだ。

 しかし物語が進むにつれて、それは多かれ少なかれ、誰でも有している能力だと判明する。麻雀というものは、自分の手牌や捨牌などから他人の手を推測するゲームであり、誰でも無意識のうちにその『推測』をおこなっている。つまり『直観』であり、その度合いが強ければ「他人のはいが透けて見える」というレベルに達するのだ……。


「では、競技カルタの方は?」

 こちらは読んだことがなかったが、少し調べればわかった。少女漫画の皮を被ったスポコン漫画があるらしい。現実の競技カルタ人口を増やすことにも貢献した、と言われるほどのヒット作だそうだ。

 実質スポコン漫画なので、百人一首に基づいた競技カルタの試合や駆け引きに関しても、かなり詳しく――知らない者が読んでも楽しめるくらいに――描かれているのだが……。

 当たり札が浮き上がってくる、というのもその中にあった。

 上の句が読まれて、それを聞いて下の句が書かれたカードを当てるのが競技カルタだ。だから勝手に浮き上がって見えるのであれば、いわばオカルト。いやオカルトは言い過ぎだとしても、まさに『直感』だった。

 しかし実際には、これまでに読まれた上の句を全て覚えておけば、これから読まれるカードの候補を絞ることが出来る。また、場に並べられたカードの配置を覚えるのも競技カルタの基本なので、そうした暗記を重ねていけば、当たり札の場所が『浮き上がってくる』レベルでわかるものらしい。

 ……というのが漫画の中に描かれていた解説であり、なるほど頭の中に無意識の根拠が存在するのであれば、それは『直感』ではなく『直観』になるのだった。


「ならば……」

 こうして具体例を検討した後で、改めて考えてみる。

 では、俺が書いた短編の場合はどうなるのだろう?

 編集者が直感で作家や作品を選ぶというのは、完全な勘頼りではないはず。「ここが良い!」という点がたくさんあるからこそ、選ばれるのだ。

 意識して他の作家や作品と比較するのは無理としても、無意識のうちに見つけた根拠があって、選択されるのだろうから……。

「うん。俺の作品でも、内容的には『直感』ではなく『直観』だな」

 と、まずは一安心。

 だが、文字としてはハッキリ『直感』と書いてしまっているのだから……。

「もう『直観』のような無意識レベルではなく、明らかに違う、って思われるんだろうなあ」

 ため息と共に、俺は心の中で呟くのだった。

 だめだこりゃ、と。




(「ちょっかん」完)

   

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