正しい選択という名の甘い毒

橋本洋一

正しい選択という名の甘い毒

 信司は目の前の解答用紙を眺めた。


『次のうち、管領家に含まれないのはどれ? 1、畠山 2、京極 3、細川 4、斯波』


 信司は迷い無く『2』を選んだ。正しい解答ができたのは勉強の成果ではなく――ただの直感であった。

 信司は自分の直感が常に正しいことを知っていた。小学校のときも中学校のときも高校のときも、そして今、大学受験のときも。


 試験を終えた信司は自分が間違いなく合格できたと確信した。ろくに勉強しなかったけど、これで晴れて大学生かと思うと感慨深いものがある。


 信司は自分の能力を最大限に使うつもりだった。常に正しい選択をすれば、幸せに生きられると信じていた――バスを一本遅らせる。そうしたほうがいいと信司の直感が働いたからだ。


 本屋に行って時間を潰していると、そこに会いたくなかった女が現れた。


「なんだ、信司くんじゃない」

「美雪か。どうしてこんなところに?」


 美雪は信司の幼馴染で、彼と同じ高校の同級生だった。

 彼女は「大学受験の帰り」と短く答えた。


「信司くんもそうでしょう? ま、あなたはいつも通り余裕でしょうけど」

「まあな……そういえば同じ大学を受験したんだっけ」

「ええ。学部は違うけどね……あれ? あなたのほうが早く終わったんじゃないの?」


 信司は直感で「少しこの辺を歩きたかったんだ」と嘘をつくことを選んだ。

 直感でバスに乗らないほうがいいとは言えなかった。


「ふうん。そうなの。じゃあどっか食べに行こうよ。私、もう受験終わったし」

「ああ、いいぜ。お腹ぺこぺこだ」


 信司は美雪の誘いを快く受けた。これもまた直感による選択である。

 ちなみに信司が乗らなかったバスは事故に遭い、数名亡くなるほどの大惨事になったが、彼はバスではなく電車を直感で選んだので、知ることはなかった。



◆◇◆◇



 それから数年後。

 信司は大企業に勤めるサラリーマンとなっていた。

 第一営業部で熱心に働いている。彼の直感のおかげで、同僚や先輩の覚えがよく、円滑なコミュニケーションが取れていた。得意先での評判もいい。近々出世もするようだ。


 そんな中、彼は美雪と会っていた。

 彼女が入院している病院で。


「もう、永くないかもしれないわね」

「そんな諦めたことを言うな」


 美雪は難病に冒されていた。大学四年の頃からだった。

 信司は何度もお見舞いに行き、社会人となった今でも、合間を縫って会いに行っていた。

 これは直感による選択ではない。

 ただ会いたかったから会いに行っただけだった。


「自分でも分かるの。ドナーが見つからない今、私は死ぬしかないの」

「…………」

「信司くん、ごめんね。辛気臭い話しちゃって。それと、もう来なくていいわ。私にかまっていないで――」


 このとき。

 信司の直感が働いた。


 ここで彼女の言葉に従う選択だった。


 従ったほうがいいと直感が囁く。

 だが本心では聞き入れたくないと思っていた。


 昔からそうだった。美雪に告白しようとすると、直感が邪魔をする。

 どうしても、直感が受け入れられないのだ。


 迷って迷った挙句、信司が取った行動は――


「……今日は帰るよ」


 ――直感に従うことだった。

 彼は直感の操り人形であった。



◆◇◆◇



 その後、美雪に別れを告げた信司は駅のホームで電車を待っていた。

 後悔が止まらない。

 どうして彼女を受け入れてあげなかったのか。気に病んでしまう。

 こんなことなら、死んだほうがマシだ。


 ドンっと背中を押された。


 先頭にいた信司は線路に身を投げ出す。

 電車が迫ってくる。

 直感で逃げられないと分かった――


 美雪が死ぬ前に死ねたことは、彼にとって幸せなことかもしれない……

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