ものぐさ魔女と運動【KAC2021】
朝霧 陽月
運動したいけど頑張りたくない魔女の話
「走ろうかなぁ……」
誰にいうでもなく、私はぼそりと呟いた。
私は魔女のアマーリナ、よくいる普通の魔女だ。ちなみに漢字で書くと亜麻莉奈……しかし漢字で書くのはやや面倒なので、名前の記述に漢字必須の書類にはちょっとイラッとしてしまうタイプの魔女だったりする。
そんな普通の魔女である私だが、普通であるなりに実は悩みを持っていたりする。
そう、それは運動不足だ。
昨今、猛威を振るう某ウイルスのせいで、私が所属する魔女協会でも所属魔女たちに外出自粛を要請している。
魔女協会とは、ザックリいってしまうと某農協の魔女版みたいな組織である。
我々魔女を色々な面で補助してくれたりする一方、大きな組織にありがちな抑圧や搾取する一面もある……敵であり、味方でもある複雑な存在だ。
まぁ私みたいな下っ端は、大きな組織に逆らったりするとプチッと潰されてしまうので、そもそも媚びへつらう以外生きる道はないのだが……。
そんな地味に大きな組織である魔女協会が『外出は自粛して欲しいけど、健康面には気を使って運動はして欲しいな(はーと)』的なことを言ってきたのである。
え、これって矛盾では?っと思ったものの、どうやら人に接触しない形での外出はOKらしい。
まぁ、冷静に考えればそれもそうかという感じだけども……私は、当初これを無視しようと思っていた。
だってあくまでお願いレベルで、無視しても問題なさそうな感じだったし……。
だがしかし、この話はここで終わらない。
なんと一定期間運動をしたうえで、その記録をつけて協会に提出すると、協会と提携している店舗で使える割引券がもらえるらしいのだ。
それもお得な2割引き……そう、2割はなかなかに大きい。
その瞬間、私は思った『あ、そう言えば私って運動不足だし運動した方がよくない? というかメチャクチャ運動したい気がする』と……。
まぁ内心『内容が小学生の宿題では?』とツッコミが入ったりしないでもないが、割引券がもらえるのでそこはグッと堪えた。
そんなこんなで、運動をすること決めた私だが……やっぱ正直なところ、なんかダルい。当たり前だけど運動だから疲れそう。
だから普通にやるんじゃなくて、どうにか少しでも楽をしたい……。
うんうんと頭をしぼった末に、私はついに閃いてしまった。
ホウキを使えばよいのではないかと……!!
魔女とほうきと言えばやることは一つ、それに乗って空を飛ぶことである。が、もちろん普通に乗ってしまっては意味がないので、ここでひと工夫を加える。
足が着くくらいの超低空でまたがって、体重をホウキの方にかけつつ足を動かし、走るのだ。
そうすれば、たぶん体にかかる負担が減って、走るのもいくぶんラクになるだろう……え、これは天才の発想では?
あ、でもそのままのホウキだと、またがって足を動かしにくいかもしれない……。
くっ、せめて自転車みたいな感じだったら。
…………待てよ、じゃあ自転車みたいにしちゃえばいいのでは?
確か家の地下室に自転車のサドル、つまり座る部分をなんとなく取っておいたはずだから……いけるな。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
そうして意気揚々とやってきたのは、家の近くの空き地。
私の家の立地は素晴らしく、1キロくらい歩かないと他の民家まで辿り着けない素敵仕様だ。当然、コンビニやスーパーも遠い。
インフラが整っている駅近の家が羨ましいこともあったけども、こうやって一人で何かしたいときだけは便利である。
逆に言うとそれ以外の利便性は皆無だ……やっぱり引っ越したい。
まぁそんなことはいいとして、私が家を出てわざわざここまでやってきたのは他でもない、このサドルつきホウキを使うためである。
サドルを紐でグルグル巻きにして、どうにかホウキにくっつけたような感じで不格好だけど……そもそも見掛けなんて、使えればなんでも問題ない。
うん……いざまたがってみたところ、乗り心地はかなりいい。ホウキにサドルをつける発想は、やはり天才的だったかもしれない……ちょっと紐がゴツゴツするのが気になるけど、まぁそれ以外は完璧だ。
よぉし、これで走るぞ~ 待っていろ私の割引券。
そうして、ホウキにまたがりつつ走り出してみると思った通りかなりラクだった。
だが、しかし……。
しばらく走っているうちに、サドルを縛り付けている紐が緩み、サドルとホウキがバラバラになってしまった。
「っっ!?」
当然乗っている私もバランスを崩し、後ろに頭から転倒したのだった。
しかしそれは、ただ倒れただけでは終わらず。私が倒れた拍子に、魔法的コントロールを失ったサドルとホウキが天高く舞い上がり……倒れている私の元へ後から順番に落ちてきて、更に私への追加ダメージを与えたのだった。
ぐ、ぐぇ……。
い、痛い……地面に打ち付けた頭と背中と、ホウキとサドルがぶつかった顔とお腹も痛い。それ以外も色々痛い。
…………やはり人間は真面目に生きるべきだ。まぁ、そういっても私は魔女だけども。例え、それでも普通で堅実に生きるのが一番だと思う。
だから運動も普通にコツコツやるべきだったんだ……そう、普通こそが王道にして頂点。
なのでは私は、今度から普通に運動をしようと思うよ。
痛みが収まるまで、地面から起き上がることもできなかった私は、青い空を見つめながらそんなことを思ったのだった。
とりあえず、今日は疲れたのでやるのは明日からでもいいよね?
ものぐさ魔女と運動【KAC2021】 朝霧 陽月 @asagiri-tuyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます