Falling!-喪女×幼少期-

玉椿 沢

第1話

 ――いつ頃から警察という仕事を意識したんですか?


 そう問われた時、甘粕あまかす亜紀あきは「子供の頃からです」と答える事らしている。相手によっては「形から入ったんですけどね。しかも間違った」とも付け加える。


 父親の影響て見ていた刑事ドラマの再放送にハマった事が、警察――特に刑事という存在に憧れたスタート地点であるのは確かだ。


 ただ昨今のリアル路線の刑事ドラマとは違い、荒唐無稽こうとうむけいなアクションが中心だった事は、その「間違った形から入った」という言葉に繋がっている。


 今でもスポーツカーに憧れを懐いているため、そのドラマで使われていた車にも思い入れがあるのだが、印象に残っているのは、どちらかといえばバイクだった。


 ――今、思えばバカだったんだけど。


 笑い話を思い出した。





 年齢がやっと10歳に届いた頃、亜紀が必死に練習していたのは、自転車の手放し運転だった。警察官になった今となっては、そういう遊びが誉められたものでない事を知っているし、「大らかな時代だったから」などという言い訳が見苦しい事も知っているが。


「~ッ」


 ハンドルから手を放すまでは早かった。慣性の法則など知らなかったが、前進するれば自転車は安定する事を憶えたからだ。


 スピードを出す必要はなく、さりとてゆっくりでは倒れてしまう、自分が最も楽にペダルを踏める体勢を作る事が大事。


 だが手を放した後、銃を持っている事を想定して構える事が難しかった。


 手を上げようとすれば、途端に体勢が崩れてヨタヨタと蹌踉け、足を着いてしまう。


「えー……」


 手を上げるだけでもこの様では、ストラップで肩に掛けているショットガン――飽くまでも想定であり、今の亜紀は無手である――を構える事などできそうもない。


 当時は一人で何をしているんだろうと思う暇はなかった。



 何より、後年、一人で何をやっているんだろうと思わされる事は別にあったからだ。



「あ!」


 もう一度、チャレンジしようと自転車に跨がった亜紀は、国道を一台のパトカーが走っていくのを見つけた。


 憧れのレパードではないが、同じく日産車のスカイラインのパトカーだ。


 手放し運転の練習など止め、そのパトカーを追い掛ける。


「~ッ! ~ッ!」


 歯を食い縛り、手放し運転の時とは真逆、スピードだけを重視して走らせる。


 それに何の意味があるんだといわれれば、恐らく10歳の亜紀は答えられない。大人になった亜紀も、「意味なんてあったんでしょうか?」と曖昧な事しかいうまい。


 兎に角、パトカーを追い掛けた。


 国道を走るパトカーは時速60キロまで出すのだから、小学生が漕ぐ自転車は引き離されるしかない。


 しかし、そこは国内でも有数の道路舗装率100%という亜紀の故郷の道路事情が助けてくれる。


 国道といえども信号が多い。


「はぁ、はぁ……」


 信号で停車したパトカーに追い付いた亜紀は、息を切らせたままパトカーの方を向いた。運転席と助手席に乗っていた二人の警察官は、もう顔も覚えていないのだが、ドラマのようなセクシーでもダンディでもなかった。


 信号が青になるとパトカーが走り出し、亜紀も自転車を発車させる。


 抜かれ、引き離されて、また信号で追い付いて――、


「ぜぇ、ぜぇ……」


 段々と荒れているというより嘔吐いているような呼吸になりながら、亜紀はパトカーへ顔を向けた。


 二度も続けば、警ら中の警察官であるから気付く。


「あ!」


 赤色灯が回転を始めたのを見た亜紀は、パッと花が咲いたように笑顔を見せる。


 続いて助手席に座っている警官が、亜紀を見ながらマイクを取り、


「隣の金色の自転車に乗ってる奨学生の女の子。自転車は安全に走らせよう」


 優しい声だったと。今も亜紀は憶えている。


「はい!」


 返事をしてから、くるりと旋回させた。





「何の意味があったんだ?」


 彼氏という訳ではなく、同僚という訳でもない、何とも言いがたい関係の男は、亜紀の話を聞いた後、首を傾げていた。


「特に意味らしい意味なんてなかったんだけど……」


 何でだったんだろう、と亜紀自身も首を傾げてしまう思い出だ。


「パトカー追い掛けて走ってないと死んでしまう奇病にでもかかってたのか?」


 男のいい方はトゲがあるが。


「第一、それはセクシーでもダンディでもなく、可哀想な動物の方だぜ?」

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