遠き記憶の果てに見る

陰東 愛香音

記憶の欠片

 真っ暗な空間に、突如電源が入った長方形のテレビのような映像が浮かび上がる。

 画面には放送時間外に現れる砂嵐のような無音の映像だけ。


 それだけを見ていると、何となくそこに吸い込まれてしまいそうな、そんな感覚が起きる。


 真っ暗でとても静かな空間に広がる、白い光。


 ふと画面の中の砂嵐が歪み、すぐに元に戻った。しかししばらくするとまた砂嵐が歪み、接触不良を起こしたビデオデッキのようにブツブツと途切れ始めた。

 そして、画面が途切れる度に写る灰色の人影。


 どこかの部屋のドアが開き、顔の見えないその灰色の人影はゆっくりと画面に近づいてきた。


『……な……き……かな……』


 画面が途切れすぎて、その人物がどんな姿をしているのかも分からない。知りたくとも砂嵐がエフェクトとなってハッキリと見る事は出来なかった。

 言葉さえも途切れて、何を言っているのかも分からない。


『……アザミ……』


 アザミ……。


 ブツブツと途切れる映像と言葉の中でかろうじて聞こえてきたそれは、名前だろうか?


『……僕が……たら……は……だろう。君……い……よ……』


 何かを伝えようとしているのは分かるが、やはり上手く聞き取れない。

 その時、灰色の人物の影が一瞬、ハッキリと見えた。


 黒髪を後ろに撫でつけて、ところどころ白髪の混じった優し気な眼差しの男性。

 病院のベッドに横たわったまま、点滴を受けつつこちらを見つめ、痩せ衰えた手を伸ばしてくる。そして僅かに傾けられたその目には、一粒の涙が伝い落ちて行った……。


 ブツン……。


 彼の顔を伝い落ちる涙を見た瞬間、突然電源が落ちたように画面が切れて暗闇が戻った。


「……」


 私は知っている。彼がどんな性格の人物なのか。

 私は知っている。彼がどんな人生を送ったのか。

 私は知っている。彼がどんな最期を迎えたのか。


 彼は私のマスター。

 私は彼の為に存在し、彼の為だけに生きる、量産型プロトタイプアンドロイド。

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