掻き立てろ欲望
黒幕横丁
掻き立てろ欲望
ザッ。靴が砂を踏みにじり、音を奏でる。
俺は熱き戦いが始まる、そのスタートラインへと立っていた。恐る恐る左右をちらりと見ると其処には長年この競技へと闘志を燃やしてきたつわものどもが一同に介していた。
ゴクリと俺の喉が鳴る。こんな競合ぞろいの中、同じスタート位置に立てることが何よりの喜びかつ、恐ろしいほどの重圧感(プレッシャー)で押しつぶされそうになる。
立て。立ち続けるんだ俺。まだスタートすらしていないというのに、このまま威圧感で押し潰されるなんてあってはならない。あってたまるもんか。これは一世一代の大勝負。勝ちに行くんだという意志がなければ挑むことすら許されぬ世界。
俺はキッとまっすぐ先を見る。そこには金色に輝くゴールが待っている。誰よりも速く、輝くあそこへと辿り着かねばならない。
「位置について」
審判よりスタート準備を告げる号令がかかる。ピンと周囲の空気が痛いほど張り詰める。同時にシンと空気も静まり返り、ドクン……ドクン……と自分の心臓の鼓動のみが聴覚を支配する。落ち着け、きっと俺ならシミュレーションどおりに上手く出来るはずだ。
「よーい」
スタンディングスタートのポーズを作り、次の合図を待つ。プレッシャーとわくわく感がせめぎあって、自然と俺の口がほころぶ。
この勝負、ゼッタイに俺が勝ってみせる。
パンッ。
乾いた破裂音が鳴り響いて、一斉に駆け出した。靴に巻き上げられた砂たちが土煙となって巻き上がる。
空砲の音から0.1秒出遅れた為か、つはものたちに次々と追い越される俺。その事実に体が硬直して動かなくなりそうだ。
あんなに頑張って練習したのに、俺はココで負けてしまうのか?
いいや、そんなことはあってはならない。絶対に勝たないといけない戦いがココなのだ。
何のために血も滲む努力をしてきたというのだ。先に輝くゴールがあるからじゃないか。ゴールがあるから俺は頑張れたんじゃないか。
再び闘志を燃やした俺は血を沸騰させて、駆け出す。走る、走る、走る。
距離にしては50mだけれども、俺には永遠の時にも感じる。先頭まで片手で届く距離へと近づいていく。
俺にとって目の前の敵を追い越すことがゴールではない。その先に輝くモノを獲得することこそがゴール。
先頭まで残り30cm、10cm、5cm。抜いた。
ただただ俺はがむしゃらに走る。後は目の前のゴールのみだ。
しかし、ゴールはそう易々と攻略はさせてくれない高い位置に存在する。その高さを考えつつ俺は目の前に向かって突っ切る。
目標地点まであと1.5m。今がそのときだ!
俺はふくらはぎに全体力を集中させて、地面を蹴った。
「いっけぇええええええええええええ!!!!」
俺はその輝く未来を口で掴み、しがらみという糸を断ち切った。
◇
「クリームパンうんまぁー」
1位の旗を持ったまま俺は至福の表情でクリームパンを咀嚼する。
「本当にお前はクリームパンに目が無いよな。あのパン食い競争に吊り下げられた中で唯一のクリームパンを奪取して1位を取るなんて」
「スタートラインに立っていたときからクリームパンのことしか見えてないからな。他の菓子パンはアウトオブ眼中だ」
「クリームパンの執念おそるべし」
掻き立てろ欲望 黒幕横丁 @kuromaku125
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