百年後のウサギとカメ

芦原瑞祥

リベンジ☆ウサギとカメ

 ウサギとカメが、かけっこで競争することになりました。俊足のウサギが余裕で勝つと誰もが思っていましたが、ウサギは油断して昼寝をしてしまい、その間にカメがゴールして勝ちましたとさ。


 このとき負けたウサギが、俺のご先祖様。


 ご先祖、何やってんだよ! カッコ悪い!

 おかげで俺の父ちゃんもじいちゃんもひいじいちゃんも、みんな他のウサギたちから「一族の面汚し」と罵られて生きてきたんだぞ。泣きすぎてもう目も真っ赤っかさ。


 でも、後ろ指さされて生きるのも今日で終わり。

 俺はこれからカメとのかけっこ再戦に挑み、完璧な勝利を収めるのだからな!


 再戦がなんでこんなに遅くなったのかというと、カメとの「時計」の違い。

 もう一回勝負してくれ、と懇願するご先祖に向かってカメは、「んー、じゃあ百年後?」と言ってのけたらしい。

 たぶん、一週間後くらいの感覚だったんだろうな。あいつら万年生きるから。


 この日のために俺は、物心付いたときから毎日走って走って走り続けてきたんだ。ウサギ様の華麗なる走りを見せてやる!


 競技場に向かったけれど、まだカメは来ていない。ま、カメだしな。歩みがのろいんだろう。客席のウサギたちも、しょうがないなという雰囲気だ。


 しかし、約束の時間が過ぎても一向にカメは来ない。人生を賭けた一大イベントだというのに遅刻だと?

 いや待て、これは罠だ。わざとイライラさせて平常心を失わせる作戦だろう。落ち着け、落ち着け、俺。


 その時、空の彼方から轟音が近づいてきた。飛行物体がだんだんと大きくなる。


 いや、カメちゃうやん! ガ○ラやん!!


 巨大なカメの怪獣は、競技場のど真ん中に着陸した。

 ズウウンという重低音の地鳴りが腹に響く。観客席のウサギたちはすでに戦意喪失したのか、魂が抜けたような顔で怪獣を見ている。


 え、マジ? 俺、この怪獣とかけっこするの? こいつ空飛ぶよ? 勝ち目ないじゃん。


 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。父の、祖父の、曾祖父の想いを一身に背負って、ご先祖様のリベンジをしなければならないのだ。


「ひゃっ百年の間にすっかりデカくなったじゃないかっ」


 声が震えているのを悟られないよう、俺は強がって声をかけた。

 カメの怪獣は俺をちらりと見ると、だるそうに目を閉じた。


「お父さんは声が大きすぎるから、代わりに僕が」

 上の方から声がしたかと思うと、怪獣の甲羅を何かが滑り降り、俺の目の前に着地した。俺の二倍くらいの大きさの、甲羅が山みたいに盛り上がったカメだった。


「今日のかけっこは、僕がお相手します。お父さんだとほら、体格差がありすぎるでしょ」


 ほほう、カメ親子は誠実だとみえる。なにせ親父の方は、負けるとわかっていた勝負でも地道にゴールを目指して、ご先祖の失態とはいえ結果的に勝ったんだもんな。


 そんなこんなで俺とカメジュニアはスタートラインについた。公平性を保つために雇われたサルの審判が、合図用ピストルを天に掲げる。

 

 パアン!


 銃声とともに、俺は思いっきり後ろ足を蹴って駆けだした。競技場を一周したら外へ出て丘をのぼりおりし、また競技場へ戻ってフィニッシュだ。客席のウサギたちの声援に押し流されるように、俺は競技場の外へと走り抜ける。


 外には誰も観客がいなかった。とはいえ、監視のためにサルたちがこっそり見張っているらしい。まあ、誰もいなくてもコース通りに全力疾走するけどな。これは俺自身の、俺の家族の問題だから。


 しかし、あのカメジュニア、今どのへんを走ってるんだろう。後ろを振り向かなかったからわからないけど、まだトラックを走ってるのかな。


 丘の頂上にたどり着いてさあ折り返し、と思ったとき、ものすごい勢いで空を飛ぶ物体が近づいてきた。


 ジュニアも飛べるんじゃん!


 俺は思わずくずおれそうになったが、気を取り直して下り坂を走る。

 負けるわけにはいかないんだ! 絶対!


 転げ落ちそうな勢いで、俺は走る。その後ろを、ピタリとジュニアがついてくる。

「ちくしょお、嫌味かよおぉ!」

 叫びながら走る俺に、ジュニアが言う。

「違います、違います! 僕はあなたに勝つつもりはありません」

 いや、それはそれで腹立つぞ?


「走りながら聞いて下さい。僕たち親子は、百年前の真実を伝えたくて来たんです」

 ジュニアが斜め後ろを飛びながら話す。


「百年前、なりゆきであなたのご先祖と父はかけっこをすることになりました。カメの中から父が選ばれたのは、いちばん立場が弱かったから。負けるとわかっている勝負でも、いざ負けたら一族からの制裁は避けられません。当時婚約していた母とも引き離されることになるはずでした」


 俺も大概一族にいじめられたけど、カメはカメで大変だったんだな。


「レース前にそれを聞いたあなたのご先祖は、『最後まで諦めるな』と父に言ってスタートラインに立ちました。絶望的な気持ちで、それでもゴールを目指した父が見たのは、ゴール手前で狸寝入りをするあなたのご先祖でした。父がゴールテープを切る瞬間、『幸せになれよ』と言ってくれたそうです」


 ご先祖……今までずっとバカにしてたけど、そんな粋な奴だったのか。


「僕がこうして存在するのは、あなたのご先祖のお陰なのです。それなのに、子孫がつらいめにあっていると聞いて、今日は汚名返上していただくためにわざと負けようと……」


 ジュニアの話の腰を折るように、木の上からデカいものが落ちてきた。

 とっさに飛びすさって避ける。蠢いている物体は……。

 サル!? ズルしてないか俺たちを監視してるスタッフの?


「うう、ええ話やー」

 サルが泣きながら鼻をかむ。


「大丈夫ですか?」

 俺とジュニアは駆け寄って、サルに手を貸す。

「痛! イテテテ」

 サルが腰を押さえてうずくまる。

「やばい、骨が折れたかも。起き上がれない……」

「大変だ! 誰か呼んでこなきゃ」

 駆け出そうとする俺を、サルが引き止める。

「痛くてとても耐えられそうにない。悪いが運んでくれないか……」


 運ぶといっても、俺はサルより小柄だし、ジュニアの背中は山型になっているから、どちらにしてもサルを背負っていくことは無理そうだ。

 あたりを見回すと、「順路」と書かれた看板が立っている。あれなら担架の代わりになるだろう。


 俺とジュニアは看板にそっとサルを乗せた。俺が前を、ジュニアが後ろを持つ。

「よし、タイミングを合わせて走るぞ! エーッサエーッサエッサホイサッサ」


 ぴったりの息で、俺とジュニアは負傷したサルを運ぶ。競技場の入り口が見えてきた。

 入り口に入ると俺たちは「けがをしているんです! 早く医者を!」と叫びながら担架を運んだ。それなのに、誰も来てはくれない。仕方が無いので、スタッフが集まっているゴールまでそのまま「ホイサッサ」と歌いながら走り抜く。


 フィニッシュラインを越えたとたん、会場から歓声が沸き上がった。

 いや、今それどころじゃないっしょ。


 いったん担架を降ろそうと立ち止まって振り向くと、上半身を起こしたサルがサムズアップして「リベンジ達成おめでとう!」と言う。

 おい、仮病かよ!


「いやー、カメ君がわざと負けようとしてたから、こりゃいかんと思ってとっさにね、『サルも木から落ちる』を実演したのよ」

 得意げに言いながらサルが立ち上がる。


 あ、そうか。この勝負、俺が勝ったことになるのか。

 まあ、わざと負けられるのもプライドが許さないし、悔しいけど、うまく収まったってことなのかな。


 こうしてウサギ族とカメ族は、百年にわたる敵対関係に終止符を打ちましたとさ。

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百年後のウサギとカメ 芦原瑞祥 @zuishou

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