人間大怪獣ソラヅカミ──Pilot version──

秋空 脱兎

パイロット・フィルム01

「なあ、ユリ。桜井ユリ」

「何よ、芹澤アキヒコ君?」


 フルネームで呼ばれたから、フルネームで呼び返した。

 普段は名前を呼び合うどころか避けられてる節があるから、皮肉たっぷりに、だ。


「もし、これから世界が滅ぶって言われたら、アンタはどうする?」


 芹澤アキヒコが、私の眼を真っ直ぐ見つめて言った。

 彼の表情は真剣そのものだ。


「……何の話、いきなり」


 本当に何なんだって話だ。意味が解らん。


「今すぐか明日か、何万年先か分からない。でも間違いなく滅ぶって言われたら?」

「それ、今答える事?」


 現在時刻は午前九時三十五分。五分後には二時限目だ。

 現在位置は、本来は立ち入り禁止になっている学校の屋上で、教室までは走って四分ジャスト。時間がヤバイ。


 私にとっては──アキヒコにとってもだけど──、世界がどうこうよりも授業に遅れる事の方が問題なのだ。だから今は勘弁して欲しい。


「ああ、今答えて欲しい」

「……死を忘れるなかれメメント・モリ、って事? そんなんいいから教室戻るよ。屋上にいたら怒られるし──」


 私はそう言いながら、アキヒコの右手首を掴んで引っ張ろうとした。

 アキヒコがそれを振り払って首を振る。


「何すんのよ」

「違うんだ、そうじゃなくて」


 突然、『聞こえたら身構えるようになった音』が聞こえてきた。

 耳に指を突っ込んで塞いだ時に聞こえるような、あの音だ。


「……え、地鳴り? 地震?」

「来た……!」


 言うや否や、アキヒコが突然走り出した。


「あ、ちょっと!?」


 慌てて追いかけた時には、アキヒコは階段を飛び降りていた。びっくりするくらい綺麗な全段飛ばしに、びっくりするくらい綺麗な着地。


「ちょ、おい待てって!?」


 私が叫んだ次の瞬間、今まで聞いた事がない轟音が聞こえた。

 屋上の方──つまり外だ。


「な、何!?」


 状況を確認するために屋上に飛び出して、自分の眼を疑う事になった。


 それは、道路やビルを挟んで、近く或いは遠く──距離感が掴めない──にいた。


 怪獣だ。


 外見は──見える範囲でだが──、全身は真っ黒い鉱石のように刺々しくて、頭部にはコーカサスオオカブトを彷彿とさせる角が生えている。シンプルだ。


 自動車を、大量の土砂を振り落として、天に向かって吼えている。


「────」


 おおお落ち、お落ち着け。こういう時は、こういう時は──どうしろと!?


 そうこうしている内に、怪獣が暴れ出した。ビルが物凄い勢いで倒壊していく。

 悩む暇はなかった。兎に角校舎から出よう。


「──って、アキヒコは!?」


 階段を一息に飛び降りてなんて、あんなに慌ててどこに向かったのだろうか。ていうかさっきの台詞、まるで……。




§




「っ、はぁっ、はぁ、はっ……!」


 階段を全部飛び降りて、廊下を駆け抜ける。

 爆発のような音が響いた。外を見ると、怪獣が吼えている所だった。

 車や土砂を振り落としている。アスファルトを突き破って地上に出てきたんだ。

 怪獣がビルにもたれかかり、押し崩した。どうやら四足歩行らしい。


 ──急がなければならない。


 三階から二階へ向かう階段を、手すりを飛び越えて一気にショートカットした。

 着地に失敗して、足首を盛大に捻った。見よう見まねのパルクールをしたからだ。


「ぐ……」


 痛みはすぐに引いた。動かしても不自然な感じはしない。


 二階から一階へ向かう階段も同じやり方でショートカットする。

 今度は成功した。そのまま玄関まで向かい、靴を履いて外に飛び出す。


 とうとうこの日が来てしまった。来て欲しくなかった。

 本当にあんなのと戦うのか。戦えるのか?

 ──いや。戦えるのかじゃない。


 そのために、走らないと。

 ピッチを上げる。心臓の鼓動を早くする。胸から全身へ力を伝えるイメージをする。

 戦うんだ。この世界を守るために。


 突き抜けるような感覚と共に、胸の真ん中に暖かな青白い閃光ひかりが芽生えた。

 閃光が全身に広がる。力が漲る。


 それらが頂点に達した瞬間。

 俺は吼えた。怪獣と同じように。


 




§




 屋上から三階に戻ると、既に避難が始まっていた。

 普段からやっている避難訓練って馬鹿に出来ないんだな、と思いながら人の流れに乗った。このまま体育館まで移動する事になるだろう。


 アキヒコも避難出来ていればいいんだけど……。

 

「お、おいこっち向かってくるぞ!?」


 そんな事を考えていると、誰かが叫んだ。

 窓の外を見ると、周囲のビルを粗方破壊した怪獣が、走り出していた。進行方向にこの学校がある。


 このまま怪獣が向かってきたら、学校ごと踏み潰される。

 その可能性事実が伝播し、周りの人間がパニックに陥っていく。

 逃げる事すらままならない。このままじゃ──


「あ、アレ!」


 また誰かが叫んだ。別の人の声だ。

 見ると、青く巨大な光球が怪獣へ向かっていくではないか。


「な──」


 次の瞬間。

 青い光を塗り潰すように飛び出した影が、怪獣を地面に叩き伏せた。


 爆煙が晴れ、影の姿形が顕わになる。


 逞しい肉体に、四肢は筋骨隆々。

 表皮は冷えた溶岩のように黒々として、かつ刺々しい。

 身体と同じくらい長い尻尾。

 胡乱だが焦点が合っている二つの眼。

 大きく裂けた口から覗く、殺意の塊のような牙。


 『万人に聞いた怪獣の特徴』を寄せ集めて均したような印象を受ける、それでいて絶対的な存在感を放つ怪獣だ!


「どうなってるの……」


 呆然と口に出した。


 三本角の怪獣が身体を起こし、二足歩行の怪獣を押し退けた。

 二体の怪獣が対峙し、雄叫びを浴びせ合う。

 次の瞬間、怪獣が激突した。


「大怪獣バトルじゃん……」


 記憶の片隅に追いやられていた古い記憶からそんな言葉が引っ張り出された。


 ふと、アキヒコが言っていた事が脳裏に過った。


『もし、これから世界が滅ぶって言われたら、アンタはどうする?』


「どうするったって……」


 あの怪獣達が世界を滅ぼすというのだろうか。どうしろというのだ。


 やがて再開された避難の波に乗る事しか出来なかった。



 絶対的な存在感を放つ怪獣が三本角の怪獣を火球で倒しても、答えは出ないままだった。

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