君に会える十五分
香月読
君に会える十五分
始業時間まで:残り三十分。
学校までの道のり:約二十五分。
教室に駆け上がるまで:スムーズにできて約三分。
つまり、時間はギリギリ。少しでもドジを踏めばそこで遅刻は確定だ。ぐらぐらと揺れて停まろうとしている電車の扉に近づいて、爪先を床につけたままぐるぐると足首を回す。
肺まで深く息を吸って、やがて開く扉を待つ。
……電車が停まる。高い音を立てて、扉が開く。まだ細いその隙間を縫って、僕は電車を飛び出した。
僕の通う高校は駅からそこまで近くない。徒歩で大体三十分という微妙な距離だ。元々自宅が近いとかではない限り、駅までは電車で後は自転車に乗ったり路線バスを利用する生徒が殆どだと思う。最寄り駅までの電車とバスの時間を考えて、乗り換えをスムーズにするのが賢い。
だけど僕は、毎日このギリギリな時間の電車に乗る。乗り換えなんか考えていないから都合よくバスなんか待っているわけもなく、そこから学校まで走ることになる。どうしてそんな苦難を自らに課しているのか、傍から見れば理解できないだろう。
理由は単純かつ不純だ。こうしないと会えない人がいるから。
歩道を走り、駅前通りの並木を横目に抜ける。車の行き来も激しいが、信号に気をつければ危ないものでもない。
駅前通りを過ぎればビルなどの大きな建物は徐々に減り、アパートや一戸建ての多い住宅地が見えてくる。朝だからか犬の散歩をする人や、ゴミを出している人が僕を見る。もう顔馴染みになっている奥さんもいたりして、気をつけなさいよと苦笑いを貰った。
住宅地を走り抜けると、そろそろ件の場所だ。小学校を背にした道に差し掛かるところで、近くの家から慌てた様子の女子高校生が出てくる。
「いっへきまあす!」
焼き目が半分だけ濃いパンを咥えたまま、やや乱暴にドアを閉める。皺で少し崩れたプリーツスカートと仕舞い切れていないブラウスがみっともないが、彼女はそれを直すよりも先に靴に足を突っ込み直して走り出す。
人間として酷い有様の彼女を見て、思わず吹き出してしまった。これが毎日恒例なんだから恐れ入る。
「あっ……おは、お」
「まずは食べ切ってから喋ろうよ」
僕の吹き出した音に気がついたのか、彼女は片手を上げて挨拶する。パンを噛み砕きながら寄越したそれは、どうにも発声が曖昧だ。何を言っているかは大体わかるけど、そもそも行儀が悪いのでは? 今更だ。
照れ臭そうに頭を掻いた彼女の顔から目を逸らしながら、早く行くよと声を掛ける。そうだった、と焦るような顔になった彼女に並んで走り出す。
照れるような顔は、ずるい。
人間としてみっともない格好も、ずるい。
いつも遅刻ギリギリのルーズさなんか、とてもずるい。
どうしてこんな顔を見るだけで、朝からこんなに幸せになってしまうんだろう。普通なら呆れるような言動ばっかりなのに、許してしまえるのは彼女の魅力なのだろうか。
「君さあ、いつもここ走るよね。バス乗らないの?」
パンを食べ終えた彼女が僕に問いかける。前も聞かれた気がするな。その時は何て答えたんだっけ。
走りながら会話をするのは横っ腹が痛くなるけど、彼女の言葉を一つも落としたくなかった。
「ただの健康法。朝から走るなんて老化は遠いよ」
「その発想ジジ臭くない? 変なの」
ああ、また。
そうやって笑うから、こんなにも胸が苦しいんだ。だから僕は、地面を蹴る力を強くして、走るスピードを上げて、それが疾走のせいだと誤魔化す羽目になる。
スマホの画面を見ながら並んで走る。学校に着くまでは十五分。
毎日毎日、君と一番に会える権利の為に、僕はギリギリの時間を走るんだ。
君に会える十五分 香月読 @yomi-tsuki
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