21人目のトーヤ

朝斗 真名

【7】二十一人目のトーヤ(KAC2021:「21」)

「……っだあ! またかよ、トーヤ!」

 教室中に大きく響いた竜介りゅうすけの声に、藤坂登也ふじさかとうやはびくっと肩を震わせた。竜介以外にも、その場にいた全員の目線が登也に降りかかる。登也は視線を感じ取ったものの、顔を上げることはできなかった。

 六年一組にいる登也たち二十一人が手に持っているのは、けん玉である。登也以外の二十人は、玉が皿に載るか、剣に刺さった状態になっていた。

「てかさ、もう無理じゃない、トーヤ君」

 女子クラス委員の春香はるかが、半分優しいような、半分諦めたような声で言った。その声に同調する者が数人。何も言わずに春香を見やるのが数人。

「だってさ、来たばっかりじゃん。前の学校ではけん玉やってなかったんでしょ? 無理して私たちみたいにやらなくていいよ」

 登也がこのクラスに来たのはつい三週間前のこと。周りには言いたくないような事情で、母親と五歳の弟と三人でこの町に越してきたばかりだ。六年生の十一月に転校だなんて、滅多にあることではない。どきどきしていた登也だったが、ここ敦森あつもり小学校の六年生たちは大喜びでこの転入生を出迎えた。

「トーヤ君が来てくれたおかげで俺たち四十一人になったの! クラスが二つになるんだよ!」

「くじの紅白対抗じゃなくて、他の学年みたいにクラス対抗やりたかったもん。おもしろそう!」

 単学級しか経験したことのなかった敦森小の六年生は、年度途中とはいえ初めてのクラス分けに大はしゃぎである。都会からやって来た転校生は物珍しかったが、好奇心あふれる田舎の小学生たちにはあっという間に受け入れられた。

 登也はほっと胸をなで下ろし、すぐに打ち解けてくれたクラスの皆に感謝した。前の学校は恋しいけれど、気持ちを切り替えて残りの小学校生活を送ろうと思っていた。……十二月に入るまでは。

「うそでしょ、けん玉やったことないなんて! えっ、マイけん玉は持ってるよね?」

 藪から棒の言葉であった。登也はけん玉なんて触ったこともなかった。

 クラスのリーダー格である竜介が言うことには、敦森小では二学期の最終日、全校でけん玉大会をやるのが伝統になっているらしい。クラス全員で順番にけん玉を皿に載せていき、技の難度や連続で何回いけたかなどを競うそうだ。他学年と違い一学級しかなかった六年生は、クラス内でくじを引き紅白に分かれて戦う予定だった。だが、登也が転入してきたことでクラスが増えることになり、一組対二組で争うことになったのである。

 けん玉を披露する順番はあみだくじで決めた。登也は二十一番、大トリを引いた。

「転校してきたトーヤ君が最後だなんて運がいいね!」

 なんて始めは騒いでいたが、登也のけん玉の腕を知った途端に静かになった。

「一番点数は低いけど、大皿を練習すればいいよ。三日もあればできるようになるって」

 竜介が自分の家から登也の分もけん玉を持ってきて貸してくれた。

 初日、二十一回目でようやく、玉は大皿に載った。三日と言わず一日でできるようになったと喜んだのは束の間、成功したのはその一回だけで、二日目と三日目は一回も載らなかった。一週間二週間と経った後も、皿に載る確率は十回に一回くらいで、周りはだんだんと登也に対する見方が変わってきた。

 小さい頃からけん玉が普通に生活にあった敦森小。田舎と都会の文化の違いはもとより、まさかけん玉が自分たちと転校生との溝になるとは誰も思わなかったに違いない。低学年のうちに大皿も中皿もマスターしてしまう彼らにとって、何日かかってもろくに大皿に載せられない登也の存在は次第に煙たいものになってしまっていた。

「え……これ負け確定じゃん」

「なんでこんな時期に来たんだよ……。俺二組だったらよかった」

「トーヤ君抜いても二十二十で同じじゃん、当日休めばいいのに」

 登也に聞こえないとでも思っているのか、公然とそう囁かれるようになった。最初は律義に毎回練習に付き合ってくれた竜介も、次第に外遊びに夢中になり、登也は休み時間のたびに一人で特訓せざるをえなかった。教室の中ではお絵描きに夢中な大人しめの女子たちが数人、遠巻きに見守っているだけである。

 彼らと登也の距離が離れていく間、登也は居心地の悪さと共に腹痛を覚えるようになった。毎時間トイレに逃げ込みたかったが、それはそれで噂の的になると分かっていた登也は必死でこらえた。朝、学校に行く時間になると腹痛はいっそう酷くなった。母は始めたばかりの仕事に慣れるまで忙しく、登也のおでこに手を当てただけで、「大丈夫、熱はないわ。頑張っていらっしゃい」と言い、登也を休ませてはくれなかった。

 ついに明日が本番。数々の個人技や複数人技を披露した後に、締めで連続全員チャレンジを行うのだ。もちろん、全部のクラスが当日絶対に成功するわけではない。しかし、全員クリアするかしないかは大きな関心ごとであり、クラスとしての団結力が高まる最後の大技にはみんな熱を入れているのである。

 担任教師がいなくなった放課後の教室で、最後の練習という名のクラス会議が行われようとしていた。

「トーヤ君が転校生ってみんな知っているし。できなくても誰も文句言わないって」

 春香がそうみんなに語りかけると、確かにというように頷く者が多数出た。

「じゃあ、最後の全員チャレンジどうするの」

「いっそトーヤ君抜きでやったら? 舞台に出るのも恥ずかしいでしょ」

 登也は顔から火が出そうな気になった。この腕前で全校生徒の前に立つのは確かに緊張するが、六年一組の全員が舞台に上がっているのに一人だけ下りているというのも変な話だ。

「てかさ、大皿じゃん! みんな剣とか余裕でできるのに、なんで大皿くらいできないわけ?」

 そう責める声まで出てくる。反応は、擁護と言うよりも同意に近かった。

「いや、東京の人はできないってことでしょ。それ言っちゃいかんでしょ」

「足を引っ張らないでほしいわ」

「別にトーヤ君誰の足を引っ張ったりもしてないよ」

「バカ、迷惑をかけるっていう意味だよ!」

「ここまで練習してできないんだったら……」

「やめる?」

「いいんじゃない、やめても。トーヤ君毎日頑張ってたしさ、あれだよあれ、努力賞ってやつ」

「明日休んでもいいぞ、トーヤ君」

「うんうん、無理して来なくていいよ」

 きりきりと締め付けるような痛みが登也の腹を襲う。みんなが心配しなくても、このままだと明日は欠席できそうである。しかし、仕事に弟の育児に忙しい母が、本当に学校を休ませてくれるかは分からない。

 けん玉大会のときだけ保健室にいようか。ひらめいた登也がそれを口にしようとした瞬間、竜介が割って入った。

「つかさ、それ決めるの俺たちじゃなくね」

 登也のことをじっと見て次の句を継ぐ。

「全員でやるって決まってるんだからさ。トーヤがいないのに全員チャレンジって言わなくね」

 クラスのムードはそれでふっと変わった。登也欠席の空気を扇動していた春香は、ぐっと胸を詰まらせた。

「……でもさ、一緒にやると空気悪くなるよ! トーヤ君だっていない方が気が楽でしょ。私たち最後のけん玉大会なんだよ」

 春香は同意を求めるように周りを見た。最後のけん玉大会に懸ける思いは一様ではないが、六年だからと今までにない大技にトライする子も多い。個人技はもちろん、最後の全員技も絶対に成功させたいという気持ちの者は多かった。

「いや、竜介の言う通りじゃん? トーヤ君せっかく俺たちの仲間になったんだからさ」

「う……そりゃ仲間だけどさ、本人が恥ずかしい思いしてまで無理にやらなくていいって言ってるんだよ」

「ああ、確かに六年が失敗すると一年が笑いそう」

「確かに。かわいそう」

「でも、トーヤ君を入れて二十一人が六の一じゃん」

「あっ、くじの順番替えればよくね? 最後だから余計に緊張するでしょ、最初の方にすればさ」

「そしたらトーヤ君が失敗した途端全員アウトじゃん」

「そっか……」

 登也は当日参加するべきか否か、結論は出ずにその日は解散になった。登也はもちろんけん玉を持ち帰って練習したが、家で一人でやっていても、手が震えて全く皿に載らなかった。

 あっという間に夜が明けた。熱はなく、登校せざるをえなかった。刻一刻とその時が迫ってくる。腹の痛みはもう立っていられないほどになった。

「お腹が痛いです、保健室に……」

 そう先生に言おうとした時だ。竜介が登也の肩に手を回して声をかけた。

「何言ってんだよ、行くぞ」

「……でも、お腹が……」

「さっさと便所行ってぶちかましてこい」

 春香を含めた数人が心配そうに寄ってきた。

「昨日は言いすぎてごめん。一番つらいのは転校してきたトーヤ君なのに、自分たちのことばかり考えてた」

「あのあと竜介の言ったことよく考えたの。やっぱりトーヤ君を含めて私たち六の一なんだって」

「最後のやつ、成功しても失敗してもどっちでもいいからさ、トーヤ君と一緒に出たい。お腹、大丈夫?」

 登也は信じられない思いでみんなを見つめた。お腹の痛みも、体の震えも変わらない。みんなに遠く及ばない腕前で舞台に立つのは、登也にとってはやっぱり怖かった。

 でもみんなの声が登也の背中を押した。登也は無事、六年一組のみんなといっしょに舞台に上がることができた。

 そして最後の連続技がやってくる。

 一回目、二回目、三回目……。音楽に合わせて、序盤の子が次々と成功させる。

 十回目、十一回目、十二回目……。終わった子は次の子へ、そして最後の登也へと視線を送る。

 十八回目、十九回目、二十回目……。いよいよ、登也の番。

 かたずをのんでみんなが見守る中、ついに――。


 登也の周りに二十人の子が集まってくる。代わる代わるハイタッチして、全員成功を喜び合った。あのときの感動を、登也たち二十一人はいつまでも忘れることができない。

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21人目のトーヤ 朝斗 真名 @asato_mana

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