こぼれココアと殺人デリバリー

ぎざ

品、配達しろ、ココアorこ、殺し。伝いは無し。

「隼人くん、『おうち時間』って検索して」


 ったく、人をアレクサみたいに。


「えーと、おうち時間。『おうち時間(おうちじかん)とは、必要不可欠ではない外出を控えて自宅で過ごすこと、なかんずく「自宅で有意義に過ごす」こと』」


「『なかんずく』って、何?」


 ええと。

 なかんずく……いろいろある中でも、特に。とりわけ。


「ふーん。私みたいな安楽椅子探偵も、有意義な時間を過ごす必要があるわよね。それなら私にも考えがあるわ。昨日ニュースで見たの。これとこれとこれ、デリバリーで頼んでおいて」


「はい、門崎さん」


 俺の名前は千里せんり 隼人はやと。目の前のソファでゆったりとくつろいでいるのは門崎かんざき 紫外しほかさん。彼女は探偵で、俺はその助手というか、弟子だ。

 彼女は『なるべく働かない』をモットーにしている。おかげで、彼女の代わりに俺が現場を調査したり、関係者の話を聞くだけに留まらず、なんなら推理まで披露したりする。推理は流石に出来ないので、門崎さんに教えてもらっている。対外的には俺は名探偵で名が通っているが、中身は門崎さんの言う通りに動いているだけの傀儡かいらいに過ぎない。


 今もこうして、門崎さんの言う通りに、宅配デリバリーサービスを頼んでいる。

 えぇと。こぼれティラミス。こぼれパフェ。こぼれココア。こぼれるやつばっかりだな!

 まるでウーバースイーツだ。


「こぼれさせることによってインスタ映えを狙っているみたいね。良いじゃない。たまには世間の流行を追うのも一興よね。じゃ、私は寝るのに忙しいから、よろしくね、隼人くん」

「……はい」


 こぼれティラミス、こぼれパフェは注文できたが、こぼれココアだけが何回掛けても繋がらない。

 何度目かのトライでようやく繋がった。


「あ、どうも。厭生探偵事務所にこぼれココアをひとつ……」

「探偵!? 丁度いいところに! お願いしたいことがあるんです」

「え? いや、俺もそちらのココアをひとつお願いしたいんですが」

「宅配先で人が殺されたらしくって! 営業どころじゃないんですよ」


 電話口から離れて、彼女にお伺いを立てる。

「門崎さん、こぼれココアなんですけど、人が殺されたから宅配できないらしいです」

「じゃあ、隼人くん。そっちで事情聴取して、事件を解決して、お礼にこぼれココアをもらってきて」


 まぁ、そう言うとは思っていた。

「分かりました。ちょっと行ってきますね」





 閑静な住宅街。ワンルームマンションの一室。住人が殺された。包丁で背中から一刺し。抵抗の後は無く、顔見知りの犯行かとされた。


 被害者は、カップからこぼれ、かつ並々と注がれた濃厚なココア、『こぼれココア』を頼んだが、「全然こぼれていない!」とクレームを入れお金を払わない常習犯だったらしく、店の関係者から疎まれ、近隣の住人とも仲が悪かった。殺される動機は充分にあった。


 被害者の部屋にはカップからこぼれ、かつ並々と注がれた『こぼれココア』が鎮座していた。これは、被害者の部屋に、死亡推定時刻の少し前に配達されたものだ。そして、死亡推定時刻とほぼ同時刻に、被害者は写真を撮っている。被害者のスマートフォンに残された写真には、生きた被害者と、カップにすり切りで残された、「すり切りココア」が写っていた。これをSNSにあげて、バズろうと画策していたのだろうか。


 だとするとおかしいことになる。

 届けられたこぼれココアを、被害者が「すり切り」状態にしているとすれば、遺体発見現場のココアもまた、「すり切り」状態でなければおかしいはず。しかし、現場には『こぼれココア』が残されていた。

 店側が『こぼれココア』を配達していなかったか、被害者とのこの写真のどちらかがウソをついていることになる。


 なお、現場に残されたココアの成分を調べたところ、純度百パーセント、店の濃厚なココアで間違いないとされた。店の『こぼれココア』と同様の、濃厚なココアだった。誰かが水で傘増しして、こぼれさせたとかでは無さそうだ。写真が嘘だった? とすると、写真のタイムスタンプからして疑わしい。死亡推定時刻はさらに広がってしまう。


 容疑者は現状3人。

『こぼれココア』を配達した配達員。

 きちんと商品をこぼれさせるため、被害者の部屋に入り、被害者の目の前でカップに保温タンブラーからココアを注いだと、証言している。

 この証言が確かなら、ココアは確実に、被害者の死の前にこぼれていたことになる。


『こぼれココア』の店主。

 彼のアリバイは配達員が被害者の家に行き、帰ってくるまでの間は証明できない。このお店のココアは特別で、このココアは彼しか作ることが出来ない。


 遺体の第1発見者。被害者の友人。

『こぼれココア』の常連で、被害者にクレームのことを辞めさせようと、家に尋ねたところ、遺体を発見したとのこと。被害者の家のカギはかかっていなかった。左利き。



 得た情報を門崎さんに一応報告する。

「1番怪しいのは、被害者に直接接触した配達員です。こぼれココアをきちんと配達したのに、クレームを入れてくる被害者を刺し、現場に残っていたすり切りにされていたココアを、保温タンブラーに入っている残りのココアで満たした」


「ココアはまだ?」


「……しかしこの推理には穴があります。配達の際に持って行った保温タンブラーには、こぼれココアを作る量ピッタリしか入っていませんでした。被害者の前で全て注いだため、被害者を殺害後、すり切りココアをこぼれさせるのは配達員には不可能です」


「あなたが配達員の代わりに、私の前でこぼれさせてね」


「次に怪しいのは店主です。現場に残されていたココアは濃厚なココアの濃度そのままでした。あくまでこぼれさせるだけならば、水で傘増しすればいい。誰でも可能ですが、あの濃厚なココアをこぼれさせるためには、新たなココアが必要です。それを作ることが出来るのは、店主だけ」


「水で薄めるなんてもってのほかだからね」


「しかしそれもまた、不可能です。そのココアを作るのに材料のココアを切らしてしまい、配達員が帰りに倉庫に寄って持って行ったそうです。店主は、配達員が帰ってくるまで新たにココアを作ることが出来ませんでした。被害者へのココアを作った時に材料が切れたことは配達員も証言しています」


「ちょっと、材料はちゃんとあるんでしょうね」


「被害者の写真が嘘だったとすれば、1番怪しいのは被害者の友人であり、第1発見者の彼です。『こぼれココア』と『すり切りココア』の問題を考えないとすれば、1番彼が怪しい。争った跡の無いことから、現場の『こぼれているココア』を見て、言い争いの末に殺したとみてもおかしくありません。もしくは、死亡推定時刻が広がったことにより、通り魔や空き巣の犯行とも考えられますし……」


「あのね、隼人くん」


「包丁の指紋は拭き取られていたようですし、あとは部屋の中の慰留物の調査待ちですね……」


「犯人をさっさとしょっぴいて来なさい。あと、配達員の保温タンブラーの中に残ったココアの濃度を調べて。あとは私の言う通りに。いいわね?」











【解決編】




「まず友人は論外ね。争ったあとがないのに、言い争いの後殺さないでしょ。頼んだココアをすり切りにさせる常習犯なら被害者のココアはすり切りまで飲まれたはず。それはま、被害者の胃を調べてもらえば判断つくでしょ。だから、被害者の写真が正しかったとして推理を広げるわ」


「配達員の彼はすり切りココアを『こぼれココア』に偽装出来なかったのなら、犯人は店主しかいないでしょ。彼しかあのココアを完璧な濃度で作ることは出来なかったのだから」


「いや! でも材料が……」


「被害者の家に配達されたココアに、水を入れたのよ。水の分傘増ししてココアがこぼれるでしょう?」


「濃度はどうするんですか! 水で傘増しすることは出来ないって!」


「被害者の家に配達されたココアは、水を入れるために、いつもより少し濃厚に、作られていたんでしょう? 水を入れて、ちょうどいい濃度になるように調節されていたとしたら、どう? 配達員の持ってきた保温タンブラーの中に残された、ココアの濃度を調べればハッキリするわ。早くしてね」




 配達員の残されたタンブラーを調べると、通常よりも少し濃厚なココアが検出された。

 犯人は店主だった。


 配達員が持ち帰った新たな材料で作った、最後の濃厚なココアを、彼が逮捕されるのを見届けてから、門崎さんに持ち帰った。


 保温タンブラーに、きっかり1杯分だけ。


 目の前のカップにココアを注ぐ。

 茶色とも黒とも言える、どろどろと濃厚な甘味がカップから溢れ、こぼれ、鼻腔をくすぐる。

「待ってたわ。いただきます。あ、隼人くんは喉乾いたでしょ。これでも飲みなさい」

 出されたのはコップ1杯の水だった。半分にも満たない。

「半分しか入ってないじゃないですか」


「隼人くん。何言ってるの。コップからこぼれるくらいの水が入っているじゃない」


「いやいや、いくら何でも……」

 水が半分しか入っていないと見るか、半分も入っているじゃないかと見るか。そんなポジティブかネガティブかみたいな話じゃない。どう見てもこぼれる程は入っていない。


「これを、こうして、こう」


 門崎さんは、コップの半分の大きさのカップを取り出し、コップから移した。コップの水は、カップに入り切らず、少しこぼれた。


「たくさん欲しがるから、少ししか入ってないって思うのよ。器を小さくすれば、少しの量でもこぼれるくらいの幸せを手に入れられると思いなさい、隼人くん」


 そんなことを言いながら、こぼれるくらいのティラミスと、パフェとココアを楽しむ彼女の、幸せそうな笑顔を見て、俺は大人しくカップに注がれた水を一口飲んで、テーブルにこぼれた水を拭いた。









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こぼれココアと殺人デリバリー ぎざ @gizazig

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