ライターコンビの退屈しのぎ

初見 皐 / 炉端のフグ

ライターコンビの退屈しのぎ

「——っ!9時!?なんで誰も起こしてくれなかったの!?」


 よく晴れた火曜日の午前中。そんな平穏は一瞬にして破られる。飛び起きた俺こと池ヶ谷いけがや裕輝ひろきの手によって。


「てか誰もいない!俺以外家出てる!?」


 両親は共働きで、9時前までにはふたりとも家を発っているはずだ。








「あ——」


 そう。今日が休校日である俺以外。


「……日曜日に出席した気分」



 なんとも虚しいこの胸中、どう晴らしてくれようか。降って湧いたこの休日、さりとてすることもない。


「いっそ朝からマック……いや、このご時世それはマズイよな」


 我らが宿敵新型CORONA★VIRUSによって積み重ねられたこの鬱憤、どう晴らしてくれようか。


「今から晴れるよ——もとい、爆弾料理で無理矢理晴らしてしまおうか」


 母さんはなんとまあご丁寧に書き置きを残している癖して、『朝食は自分で作ること!』などとのたまっている。パンをトースターで焼いてジャムを塗るなりサンドイッチでも作るなり。そんな想定のもとに書かれたメッセージだ。が、これは好き放題やるいい機会ではないか。冷蔵庫にあるもので好きに作ってしまおう。


「朝はパン派の俺の夢といえば……」


 アレを作らずして何を作る!

 例のアレを作るべく、食パンを2枚取り出す。取り敢えずまな板に並べ、冷蔵庫に材料を取りに行く。食パンの片方にはチーズを乗せ、豪快にマヨネーズで枠を作る。この時点でヤバいことになってきているこれは置いておき、次に移る。冷蔵庫にあったありったけのチョコとクリームチーズ、そしてマシュマロを山盛りに。一瞬で完成したそれを置いたまま、もう一つの仕上げに入る。マヨネーズで作った枠組みの中に卵を割り入れ、青のりと塩胡椒をふりかける。辛抱たまらず追いマヨネーズをしてからオーブントースターに入れて9分加熱。


「結局はニュースに落ち着くよな」


 加熱を待つ間にテレビのスイッチを入れる。また議員がコロナ禍中の会食で問題になって辞職しているニュースを聞き流し、例のパンブツをトースターから取り出す。


「おぉー、美味そう!」


 今すぐ齧り付きたい思いを自制してチョコマシュマロパンをトースターに入れてからテーブルにつく。


「いただきます——」


 齧り付いた瞬間、口の中にマヨネーズの香ばしさと甘ったるさが広がる。目玉焼きが味を落ち着かせ、青のりと塩胡椒が良いアクセントになっている。


「悪魔的だ——っ!」


 意識を持っていかれそうな美味しさと同時に、とてつもない不健康感が襲ってくる。

 ……意識を持っていかれそうって果たして褒め言葉なのだろうか。


 あっという間に完食し、丁度良いタイミングで焼き上がったチョコマシュマロトーストに手を伸ばす。


「あぁー、美味い!組み合わせからは考えられないくらい美味い!」


 チョコとマシュマロの甘さを、食パンがマイルドにする。牛乳と合わせることで飽きを防ぐ。


「——ごちそうさま」


 至福の時間もすぐに終わり、残るのは大きな虚無感と罪悪感。


「今になって自分がダメ人間なんじゃないかって心配になってきた……」



 襲い来る自分への不信感を振り払うように、ゲームのスイッチをオン。ついでにスマホもオン。ダメ人間だった。





————————————————————————————————————






 ——ゲームは飽きた。アニメも飽きた。

 2時過ぎにカップ麺を食べる頃には、もう暇になってしまっていた。


「外行きたい……!遊びに行きたい……!」


 だが、今日は家で過ごす事に決めている。緊急事態宣言下の今、不要不急の外出は控えるべき。


「一応平日だからなんとなくひとりで外出しにくいし」


「小賀に電話でもするか」


 思い立ったらすぐ行動。女子ながら一番仲のいい友人の小賀こが伶衣れいにLINEで電話をかける。


「裕輝くん、どうかした?」


 すぐに小賀が暇そうな声で出てきた。


「暇で暇で仕方がなかったから小賀に電話した。どうせお前も暇だろ?」


「結構失礼なこと言ってる自覚ある?」


「俺がこんなこと言うのはお前だけだぞ?」


「ぜんっぜん嬉しくない!」


「で、何かすることないか?」


「何も考えずに電話してくるし!……じゃあ、どっか出かける?」


「却下。緊急事態宣言中だ」


「そう言うとこだけ変に律儀だよね。裕輝くんって」


「だろ?」


「だけ、だけどね。なら、即興小説でも書く?」


 言い忘れていた。俺たちの接点は、ふたりともそれぞれ小説を書くこと。どちらもアマチュアとはいえ、そこそこ稀少な趣味である小説の執筆について、同じ話題を共有できる相手はなかなかいない。それがきっかけで仲が良くなり、今では小説と関係なく付き合いのある仲となっているわけだ。


「いいね。通話つけたままで書き合いしようぜ」








 お察しの通り、それで書いたのがこの小説。ストーリー性も何もあったもんじゃないただの日記。小賀には怒られるかもしれないが、たまにはこんな短編があっても良いだろう。



     ——2021年3月9日 火曜日 暇を持て余した池ヶ谷裕輝——

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