ラノベを読むならファンアート
いすみ 静江
ライトノベルは如何ですか
私は、ライトノベルが好きで堪らない。
文字だけの文化に妄想してしまう。
ウェブでも紙の本でも大好きなものは読了満載カーニバルだ。
「おい、ミズ……」
今は王子が姫に婚約破棄を言い出すいいシーンだから、邪魔しないで欲しい。
リリス姫の気持ちになってみてよ。
「
漢字練習帳を丸めて手で叩く音が近寄って来る。
私は、知らず知らずの内に、ノートに妄想を寄せたようだ。
つまりは、イラスト、オンパレードとなる。
「バラ園はどこでしょうか?」
思わず立ち上がった。
軋む椅子に自分の頬であためられた机があるばかりだ。
アンドリュー王子様もリリス姫も殺風景な教室には居ない。
しまった。
お絵描きトリップしていたようだ。
「水谷、我に返ったか。君は国語の成績が悪くはないんだ。後はこの漢字だけ、しっかりやれよ」
そうして、私の練習帳は、
さて、楽しい下校時刻だ。
昇降口へと急ぐ。
雪道の上に人影が伸びて来る。
私の横にさり気なく近付いて来た。
「もう直ぐ高校受験だよね。雪花さんは、どうやって勉強しているんだい?」
「
登校班も一緒で、よく話しかけられたっけ。
「へえー。どんな本か教えてよ」
「いやいや、それはできないよ」
私は、早く帰って、リリス姫の続きを読みたいのに。
本のタイトルから少女趣味だとか言われそうで、恥ずかしい。
一気読みしたいのは、
「帰り道、殆ど一緒だろう。雪花さんの鞄を持ってやるからさ」
「大丈夫、大丈夫。自分で持てるって」
陽祐くんとは、友達度が高いから、致し方ない。
黙って雪を踏み続けていた。
口火を切ったのは、彼からだった。
「あのさ、高校は女子高以外にしてくれよ」
「え! 県立に受かるとは思えないけれども」
私は、文系はまあまあなのだけれども、理系に自信がない。
「とにかく、明日から全国一斉休校となるから、受験勉強がんばれよな」
「は、はい」
意外と優しい所があるのに困ってしまう。
二人で静かに歩くと、雪の音が聞こえて来た。
「――じゃあ」
「うん、またね――」
私のおうちの前で別れた。
これで中学もラストかと思うと、胸が締め付けられるようだ。
「読書には、ダージリンがよく似合う」
おうちに入ると、いつもの儀式をした。
ゆっくり紅茶の支度をして、自室のクッションに座る。
「いざ、アンドリュー王子様とリリス姫の物語へダイブします」
いつの間にか、疲れてひと眠りしてしまったようだ。
「あちゃ、いい感じのイラストができているわ」
ラストシーンは、お姫様抱っこにアンドリュー王子様が失敗しつつ、リリス姫に求婚をする、『バラ園の密約』だ。
「いいことを思いつきました。最近、スマートフォンのアプリで、CGも描けるようになったのよね」
私は、不敵なことを考えていた。
「ニュースで、『おうち時間を充実させてください』とあったことだし。ふふふ……」
CG、CG、CGと、描き方の動画を見た。
「とても参考になるわ。マニュアル通りに、がんばってみよう」
ウェブの小説だから、言葉で綴った細やかな表現。
改めて、伊集院雅美先生の筆力を感じる。
「金髪碧眼の美しさに、惚れ込んでしまう。そこも表現できないとね。ドレスの仕立てにも気を配りました」
先ずは、こげ茶で線画を指で引く。
スマートフォンに人差し指が張り付いたようになるまで、何度も描いた。
「線画を描くまでも、中々難しいわ。それに、よく描けたと思っていた下絵をカメラで取り込んだのに、バランスが悪いことが分かったし」
投げ縄ツールで部分的に移動させて、拡大縮小を繰り返し、バランスを取り直す。
「うん、このレイヤーを五十パーセントに薄くして、上に本番の線画を描き直そう」
おうち時間は、私にゆとりをもたらしてくれた。
普段なら、図書委員会や絵本同好会で日が暮れるまで学校で過ごしていた。
それも悪くないけれども、一人、一つのライトノベルと自分のイラストと向き合えるのは初めてのことだろう。
「うわーん、線画だけで三日かあ」
食後にアッサムティーで、いよいよ着彩に入る。
「お、バケツツールは、広範囲を塗るのに適しているじゃない」
窓へ、雪のつぶてが飛んで来た。
「誰? 雪の精霊さんかしら?」
「俺だよ。毎晩遅くまで受験勉強をご苦労さん。お土産あるよ」
私は、二階の窓から隠れた。
恥ずかしかったから。
「ええ。いいよ」
「俺は雪の精霊さんだから、入ってもいいかな。お母さんが居間に通してくださってさ」
階下で、彼が待っていた。
「あ、私の好きなイチゴだ。ありがとうね」
床暖に二人して座った。
「バラ園にお姫様抱っこ失敗か。いいね。これに陰影をつけたらプロ並みだよ」
「褒め過ぎだよ」
何だか、陽祐くんはずっとにやけていた。
もしかして、おうち時間にお勉強量が半分になっていたことが知られたのか。
その後、バケツ塗りしたパーツ毎にクリッピングをして、明暗をはっきりさせた。
ドレスの金色のラインが、金髪と相まって、より美しくなった。
「ラスト、背景と全体の陰影調整をして、文字入れよ」
伊集院雅美先生へ。
婚約破棄からのざまあなんだけど、それでも婚約しますか?
水谷雪花より。
「で、できた!」
私は、一つあくびをする。
「これを伊集院雅美先生にお見せしたいな。どうしよう、どうしよう……」
私は思い切って、先生のSNSに申し出ることにした。
「伊集院雅美先生へ。初めまして、リリス姫の物語をいつも愛読させていただいております。ラストのシーンがとても好きで、初めてのCGに挑戦しました。よろしければ、ご覧ください」
何の紅茶をいれたのか分からないまま、一気に喉に流し込む。
「返信なんて、なくてもいいの。ただのファンだから」
カーテンを開けると、雪が強くなっている。
「私のおうち時間は、とても充実したものでした」
レースのカーテンだけにしてみると、雪の精霊さんが本当に舞い降りているようだ。
「アンドリュー王子様、リリス姫――。本当にありがとうございます」
雪のつぶてが、投げられて来た。
「ああ、受験かあ。お絵描きで、おうち時間を満喫していたけれども、お勉強もした。大丈夫よね」
「おう! これから、一緒に勉強しないか?」
陽祐くんだ。
「漢字なら、得意だぞ」
「すっかり、床暖で一緒に問題集を開いているし」
どうして、彼はおうちに来るのだろう。
「イチゴ、ご馳走様です。美味しいよね、練乳と一緒だと」
あまおうは、私の好きな品種だ。
「所で、雪花さん、絵ができたみたいだね」
「ん、んん。どうして知っているの?」
あまおうの余韻に浸っている。
「SNSで見かけたんだ」
一瞬にして、ホワイトアウトしてしまった。
「ああ。穴があったら入りたいです……」
「そんなことない! 素晴らしかったよ。きめ細やかに、情緒豊かに表現されていて、『バラ園の密約』が、とてもよく描かれていたよ」
私は、はっとした。
ホワイトアウトからのカムバックだ。
「え? 私、『バラ園の密約』とまでは書かなかったけれども。どうして知っているの?」
「それは、まあ……」
陽祐くんが、頭を掻いていた。
「その、俺が……。俺がその『伊集院雅美』なんだって告白しても信じるかな」
ホワイトアウト再来だ。
私は、雪深く、吹きすさぶ所で倒れてしまった。
あの学校へ行かない日々の過ごし方を決めたのは、私だ。
初めてのファン・アートっぽいものを大好きな先生に贈りたいって。
お友達に会えなくても、夢中になれるものがあったから過ごせた。
それに、陽祐くんも応援してくれた。
――おうち時間に、王子様がお越しになりました。
夢ね。
これは、きっと夢。
雪の精霊さんが舞い、囁いて行く。
「ラノベを読むならファンアートがいいね――。お陰で雪花さんの気持ちが分かったよ」
私の瞼は、そっと唇で濡らされました……。
Fin.
ラノベを読むならファンアート いすみ 静江 @uhi_cna
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