コズミック幽体離脱おうち時間~いかにしてフライング・スパゲッティー・モンスターは人類を創造するに至ったか~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

わかる、わかるぞ、宇宙とは、人類とは、こんなにも簡単な……!

 遠い。

 遠い未来。


 地球に住まうあらゆる人類は、他者との肉体的接触を完全に断った。

 ヌードルハラスメントを受けないためである。あとなんか、感染症とかも防ぎたかったからだが、これはおまけである。


 彼らは自宅に閉じこもり、しかし他者のぬくもりを求めるという大いなる矛盾を抱えていた。

 しかしそんな問題も、あるとき開発された特効薬により、解決されていった。


 即ち――幽体離脱薬の誕生である。


 肉体の殻を脱し、魂だけの存在となった人類は、各地に観光へと出かけた。

 はじめこそ、


「そんなのVRでいいじゃないか!」


 と、難癖つける輩も多かったが、触れられないこと以外、匂いも味も感じ放題で、なによりローディング時間が不要だと知った人類は、これを仮想現実の上位互換と認定し、ついに国家事業へと踏み切った。


 人々の肉体は生命維持装置により管理され、魂で活動する時代が到来したのである。


 そんな黄金の時代に、ひとりの麒麟児きりんじが現れた。


 名前を辺田村へんだむらボビーという。


 彼は、常人がどう頑張っても地球上でしか活動できないところ、魂を大気圏外まで射出する実験に成功した。

 そうして、そのまま大宇宙へと旅だったのである。


 ボビーは、人々が視たことのない、どんな偉大な天体学者も信じることが出来ないような景色をいくつも見た。


 オリオン座の近くで炎を上げるビール火山。

 暗黒に沈むタンホイザー・ゲートのそばで輝くストリッパー工場。

 そしてラーメン。


 いつしかそう言った記憶も、雨の中の涙のように消えていくのだと知りつつ、ボビーは宇宙を旅することを楽しんでいた。

 彼にはすべての儚いまたたきが、美しく心へと刻まれていたからだ。


 銀河系を抜け、なお先へ。

 外宇宙を超えて、なお先へ。

 宇宙が広がり続けるまま、どこまでも。


 やがて、彼は宇宙の中心へと降り立った。

 世界の中心に立ったとき、ボビーに触れるものがあった。


「オーマイゴッド!」


 なんたることだろうか!

 本来不可侵のはずである魂へと、触手が這い寄り巻き付いてくるではないか……!

 そして、この触手はヌードルで出来ている!


「シット! 宇宙の中心ですら、ヌーハラ(※空を飛ばないヌードルハラスメントだけを指す)からは逃れられないのか!」


 ずるずると音を立てる触手に、ボビーは当然の怒りを燃やした。

 だが、そんなときだ。

 突如、何者かの声が、彼の脳内へと響き渡った。


(……か……ますか……聞こえますか……いま……あなたの魂に直接語りかけています……)


 完全にスピリチュアルなヤバいやつだ。

 ボビーは聞こえないふりをした。


(………………聞こえているのはわかっているぞ。これ以上忖度するつもりはない)


 声の主には絶対に譲らないという偏屈的執念が滲んでいる。

 このままでは村八分にされるの明らかだった。

 ならば仕方がないと、ボビーは声の主へ、何者かと訊ねた。

 すると、ヌードル触手が踊った。


(私だ)

「おまえだったのか」


 いや、誰だ?

 首を傾ぐボビー。

 彼が大いに疑問符を浮かべたからだろう。声の主は、とても親切に名乗りを返した。思えば言語まで合わせてくれているのである、実際有情だった。


(私は造物主である)

「なんだって!」

(空飛ぶスパゲッティー・モンスターである)

「なんだって?」


 胡乱すぎる答えに、ボビーが面食らったのも無理はない。

 しかし、それはあくまで〝しんじつ〟だった。


 ヌードルの触手を持って宇宙の中心に腰掛けるものがスパモン(※空を飛ぶものだけを指す)ではないなど、有り得ないことだからだ。

 二重否定である。


 スパモンが告げた。


(よくぞここまで辿り着いた我が子、人類よ。褒美に世界の真実を与えよう)

「え、いらな――」

(与えよう!)

「ぐわぁあああああああ」


 瞬間、ボビーの脳裏に発生する〝存在する記憶〟。

 紀元前、青い星に生まれ落ちる、山、木々、こびと一人。

 こびとの頭を押さえつける、スパモンの触手。

 人口増加によって、触手が足りなくなり、(主に身長が)急成長していく人類。

 宇宙への進出。


 テープが逆転。


 星々の誕生。

 宇宙の創成。

 無数の――


「ああ、そうか、そうだったのか……!」


 ボビーは、その刹那にすべてを理解した。


「わかる、わかるぞ、宇宙とは、人類とは、こんなにも簡単なことだったのだ!」


 そう、宇宙、そして人類とは。



「おうち時間を持て余した、神々の創作物だったのだ……!!!!」



 ボビーは幻視した。

 この世界に隣り合う、無限、無数、無量大数の宇宙の存在を。

 そしてそこに住まう、無限、無数、無量大数のスパモン達を。


 宇宙とは、互いの触手が触れあうヌーハラに耐えかねたスパモンたちが、他者を拒絶し引きこもった自室に過ぎなかったのだ。


 スパモンの数だけ存在する宇宙。

 宇宙という名の遊び場。

 その宇宙で、スパモンが暇を潰すために生み出した玩具。

 それこそが――


「人類」


(そういうことだ。一周目クリアおめでとう。じゃあ、おまえらの記憶を消して、次はリアルタイムアタックするから。また私に会いに来られるよう、頑張れ)


 スパモンのその言葉を最後にして。

 宇宙はリセットされた。


 ビッグバン。


 あらたな宇宙が始まり、そしてあらたな人類が生まれ落ちる。

 スパモンは今日も、おうち時間の暇を潰すために、人類へ導きのヌードル触手を這い寄らせる。

 すべては神々の無謬むびゅうを慰めるために。


 そうあれかしラーメン

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