美味しければいいってもんじゃない〜カフェ嘉穂、自粛期間は営業延長〜

佐倉奈津(蜜柑桜)

作り置き節約おしゃれごはん!

 スペイン風邪から百年、ペストから二世紀、人類未曾有と思われる攻撃が世界を襲った。それは各国政府を標的にした戦争ではなく、サイバーテロでもなく、したがって首謀者もない。

 太陽を取り巻く禍々しい炎が地を焼くが如き広がる災禍。だが襲撃者は星とは比類にもならぬ微粒子以下のサイズで蔓延はびこり、たちまちのうちに無差別にも人々の生活を蝕んでいく——そう、一介の善良な大学生にも。


 嘉穂の大学は昨年の春から完全にオンライン授業に変わり、家にいながらにしてネットで授業を受けるという日が一年も続いた。感染拡大を防ぐために登校は原則として禁止。バイト先は感染拡大を防ぐため一時営業中止である。

 つつましやかに真面目に学生生活を送る女子大生に大打撃。バイトの賄いはもらえないわ、シフトが入れられないので収入は減るわ、移動自粛で実家には帰れないわ、踏んだり蹴ったりである。これまでだったら時折、学校帰りにカフェに寄って勉強したり、たまには友達とごはんを食べに行ったりもしたのだが、いまや外での飲食を一番に控えなければならないという状況。

 毎日毎日、自宅という同じ場所で毎食毎食、自分で作って一人で食べる。変わりばえのしない日が続いて作るもののヴァラエティーにも限界が出てきた。


 心が貧しくなりそうだ。


 大体、一人分のご飯というものを作るのは難儀なのだ。卵を使おうにも卵メインのレシピ以外では二人分で一つとか四人分で一つとか(ハンバーグしかり)、お菓子を作ろうにも生クリームのパックを開けたらデコレーションはホール一台分。ホワイト・ソースやデミグラス・ソースも作りやすい分量は一世帯ぶんだし、お肉を100g単位で売ってくれるほどスーパーは優しくない。


 単身世帯はけして少なくないはずなのに、なんでパックはどれも150g越えなんだ! やってられない。


 一方、おうち時間が増えると、「おうち時間に潤いを」という謳い文句で新たな販売戦略を立てるのがビジネスというものである。スーパーにしろレストランにしろパティスリーにしろ、はたまたコンビニまでもが続々と「家飲み」「家ごはん」と銘打っていわゆる「中食」用の商品を売り始めた。

 一人分レシピに苦しんできたところで、嘉穂もお店を覗きに行ったことがある。しかしどうだ。


『家族で一緒におうちで食べよう! 焼くだけ! グラタンキット三人分一六〇〇円!』

『今年はおうちでちょっと贅沢に祝おうクリスマス♪ 四当分カット用デコレーション・ケーキ五〇〇〇円⭐︎』

『自粛疲れになっていませんか? カフェのメニューをお店よりお得にお持ち帰り(フルコースのみ)、ミートボールスープがついて二千五百円』


 潤いどころかお財布が砂漠を通り越して水のないホットジュピターになる。


 ただ嘉穂は、たとえ大学がしまっていようと、真面目に真っ当で心身ともに健康な学生生活を謳歌したいだけなのだ。そのためには美味しいごはんが脳(と心)に栄養を与えてくれなければ困るのだ。友達にも(ちょっと気になっているあの子にすら)簡単に会えないいま、他の何が嘉穂の心にオアシスをもたらしてくれるというのか。


 ——カフェごはん……


 フルコースなどいらない、ただ毎日同じは飽きる。学生に手の届く、彩り。求めるものは——千歩譲って——それだけである。

 そんなときふと、冷凍食品売り場に並んだパック入りのスープ・シリーズが目にとまった。


 ——冷凍庫……………………冷凍庫!!


 早速、嘉穂は牛乳パックとバターと卵をカゴに突っ込み、ひき肉をひっつかんでレジに向かった。


 ***


 牛乳、小麦粉、バター、卵、ひき肉。これらのポテンシャルのなんと高いことか。

 今日のメニューは、名付けて「自粛期間は時間延長贅沢おうちカフェ嘉穂フルコース」で決まりである。


 狭い台所嘉穂の城のステンレス台に並んだ有能なメンツを見回してエプロンを締める。


 まずは小麦粉を軽く炒め、バターを投入。ポマード状になったところで牛乳をGO! だまにならないよう混ぜて混ぜてのホワイトソース、約四人分。粗熱が取れたところで大きめのジップロックに入れ、蓋をきゅっとしめて袋ごと四つ折り。


 続いてみじん切りした葱とひき肉、小麦粉、卵、塩、酒を混ぜ合わせ、粘りが出てきたところでやはり大きめのジップロックへGO! こちらは二つに分けて、それぞれ四つ折り。


 一人暮らしがなんだ。四人分グラタンのキットなんていらない。ホワイト・ソース四人分=ホワイト・ソース一人分の四倍。

 ひき肉だねも右に同じく。


 ただしここはカフェ嘉穂である。


 ホワイト・ソース四人分がグラタン・キット四人分のわけがない。

 ひき肉だね八当分のポテンシャルはミートボール八人分を遥かに凌ぐのだ。


 そしてその立役者たるや文明の利器、冷凍庫。


 それぞれ雑にまとめてポイッと入れれば解凍は同時。数日毎食、同じプロテインと似たような食事をとるという悲しき詫びしきことになるが、この魔法の箱に入れるときに魔法をちょっとだけかけておけば良いだけの話! こんな時にもビニールやタッパーを無駄にたくさん使わないことで一人分の狭い箱でも問題なし。これ重要。


 折りたたんだ一ブロックずつ溶かしていけば、ヴァラティは宇宙の如く無限大。


 ホワイト・ソースは、グラタンはもちろんのこと、トマト・ピューレか熟したトマトを加えればトマト・クリームパスタもすぐにできるし、チーズと一緒に食パンで挟めばクロック・ムッシュ。中にこれまた作り置きの蒸し鶏や野菜を加えたなら栄養だって満点。

 他にもさらに牛乳または水を加えて一煮立ちでシチューだってあっという間。手間を惜しまぬのなら衣をつけてコロッケに。


 ひき肉だねは和洋中なんでもこい。とかして黄身味噌を塗って焼けばつくねだし、崩して水溶き片栗粉で加熱すればふろふき大根と相性抜群。ごま油を加えて混ぜて、鶏がらスープに入れたら一気に中華風。餃子の皮で包んでもいい。

 ヨーロピアンな雰囲気が味わいたければホワイト・ソースと合わせてシチューにしてもいいし、ボロネーゼ・パスタだってできる。両方の長所を生かしたラザニアなんてのもお手のもの。仕上げにたっぷりバジルとパルメザンを加えてサラダとスープをつければしっかりセット料理。二千五百円? ご冗談を、ワンコインもいきませんわ。



 フルコース、御所望でしょうか? お任せください。ここはカフェ・嘉穂ですから。


 バターは賽の目、小麦粉・砂糖と擦り合わせ。細かく細かくそぼろになったら、卵と一緒にパパッとまとめてタルト生地。こちらもズボラに冷凍庫……といかないのがカフェ嘉穂でございます。一人分ずつカードで切って、必要な分だけ取り出す仕様。


 生地さえ作っておきさえすれば、日替わりデザートをご提供。


 ある日はシンプルにフルーツだけ。ある日は抹茶ホイップにイチゴを乗せて。はたまたカスタード・クリーム(牛乳、卵、小麦粉、砂糖、はい冷凍!)を詰めてもいいし、伸ばして型抜いてクッキーにしたっていい。クッキーにするなら、プレーン、チョコチップ、シナモン、レーズン自由自在。

 え? オーブンが電気代食うって? 心配ご無用。一人分ならトースターで時短省エネお任せあれ。



 ペストの時代にこんなことをやろうと思っても無理であろう。

 しかし、いまは二十一世紀。なめるなコロナ 、見ていろ自粛規制。


 嘉穂のカフェに時短営業と言う言葉なし。むしろおうち時間延長で営業時間延長。

 さらにはメニューも増加しております。



 おうち時間に潤いを。

 そしてお財布にも潤いを。



 一年が過ぎてまた春が来る。桜が咲いたら、新学期。

 やりたい勉強や研究はたくさんあって大学に来たんだもの。


 美味しいごはんと可愛いスイーツで、また一年、頑張ろう。







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美味しければいいってもんじゃない〜カフェ嘉穂、自粛期間は営業延長〜 佐倉奈津(蜜柑桜) @Mican-Sakura

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