赤い色だけのメリークリスマス
如月 仁成
赤い色だけのメリークリスマス
ショーウィンドウから漏れる。
淡いオレンジのドームの中を白が舞う。
ブッシュドノエルの木肌色を飾る。
柊の緑をもっとはっきりと見たいのに。
近付けば近づくほど。
白く煙って遠くなる。
まるで。
あたしみたいだな。
学校に入った頃は。
そんなことは無かったのに。
塾からの帰り道。
彼との距離は。
いつからだろう。
カバン一つ分だけ。
遠くなった。
涙は流れない。
でも、胸がちくっとする小さな変化。
あたしの左手と。
その右手の間に。
なんだか。
壁が出来たように感じたんだ。
高校生から守ってくれて。
右目の下についた小さな傷。
もっと見たいからと。
一歩だけ近づいても。
誤魔化すように笑いながら。
その顔を白く煙らせながら。
二歩離れる。
ショーウィンドウは。
こすれば煙は晴れるのに。
その顔にかかる煙は。
ずっと。
晴れるどころか。
遠くなるばかり。
期待。
……ううん。
希望。
夢。
ずっと隣にいたかった。
大切な関係を。
壊さずに両手で温めていれば。
きっといつか。
叶うと信じていた。
でも、それはもう。
未来永劫。
届かない所へ羽ばたいていってしまった。
――振り返れば。
青いダウンに白の綿化粧。
困っているの?
あたしが動こうとしないから。
緑の中に。
赤い十字がいくつも浮かぶ幸せな景色の中で。
あたし一人だけ。
寂しい気持ちになるのが嫌だから。
ちょっと。
意地悪。
こうしている間は。
困り顔をさせている時だけは。
あたしを見ていてくれるから。
……でも。
そばにいられるのは。
今日だけだから。
もうひとつくらい。
意地悪をしてもいいよね?
鈴の音が、耳を冷たくするの。
あたしはいつもの耳当てをお願いする。
たった一つ。
これだけは昔と変わらない。
黄色いカバンを。
青の背に消してくれる魔法の呪文を唱えると。
私の冷たい耳が。
顔に押し付けられる。
そう。
これは、ズルだ。
だって。
どんな返事を聞いても。
あたしはきっと。
泣き出してしまうから。
涙なしで。
笑ってバイバイと言うために。
これしか。
方法を見つけられなかったんだ。
「あたし。……東高にした」
子供の恋に。
大人の障害。
お母さんも。
先生も。
あたしの気持ちなんて。
分かってくれない。
光星なんて。
入れるはずはない。
そんな言葉と共に。
扉を閉めてしまうだけ。
……でも。
あたしの言葉のあと。
耳当てに。
力がこもった。
それだけで救われる。
涙を我慢できる。
冷たかったはずの耳が。
革の下で暖かくなる。
あたしは、最後の意地悪と。
そして最後のわがまま。
耳当てを、ぎゅっと握って。
もっと強く押し当てる。
どんな返事も聞きたくない。
あとちょっとだけ。
こうしていて欲しい。
その目の下の傷を。
忘れないように胸に焼き付ける間だけ。
それが済んだら。
あたしは、ここから消えるから。
ベージュのニット帽の向こうに灯る。
キラキラと輝く赤いライト。
一つひとつに。
白い輪がかかっていく。
やがてお互いの輪が重なり合って温かい水の中に滲んで。
……ついに、幸せな輝きも。
目の下の傷跡も。
見えなく。
なる。
我慢していたのに。
泣かないと決めていたのに。
俯きそうになる顔を。
支えてくれていた耳当てすら効果がない。
とうとう。
あたしの世界に音が再び蘇る。
誰のものだろう。
鼻をすする音が聞こえる。
幸せな鈴の音と。
こどもの笑い声。
そんな世界の中で。
あたしは一人だけ。
こんなに悲しい。
辛い思いをするだけ。
恋なんて、もうしない。
クリスマスなんて。
もう二度と来なければいい…………。
膝から崩れそうになる私の肩を。
支えてくれる耳当てがぎゅっと音を立てる。
小さな頃から。
冬の間、あたしの冷たい耳を温めてくれた耳当てが力を込める。
どんな言葉を聞いても。
きっとあたしは声を上げる。
だから、せめて。
そんな声を聴かせて辛い思いをさせないように。
あたしは、そんな想いだけで。
彼に。
耳当てをした。
……すると。
彼を想う気持ちがくれた奇跡だろうか。
あたしの目に。
はっきりと目の下の傷が写る。
瞬く幸せの赤い十字が。
視界の中に蘇る。
冷たくなった頬を温めるための雫はもう流さない。
あたしは。
彼の最後の声を。
しっかり胸に刻むんだ。
もう二度と温められることのない。
この、冷えきった耳で…………。
「…………俺も。東高にした」
ショーウィンドウから漏れる。
淡いオレンジのドームの中を白が舞う。
お互いに当てた耳当て同士。
そっと近寄せると。
あたしの赤い色が。
彼の赤に溶けて。
一つになった。
赤い色だけのメリークリスマス 如月 仁成 @hitomi_aki
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