きみの物語になりたい

水瀬 由良

きみの物語になりたい

 どうしても埋まらない。

 提出期限は今日のホームルームが終わるまで。クラスの中でまだ出していないのは、お前だけだぞ、と朝に担任の本沢に言われた。


 進路希望か。

 方向として、進学は間違いない。

 問題は文系か、理系か。それから学部。将来、どういう方向に行くかも決まってない。


「まだ、出してないんだ」

 横からのぞき込んできたのは志野都子しのみやこ。中学からずっと同じクラス。この高校に来た同じ中学のやつはこいつ一人ってぐらいに珍しいのに、さらに同じクラス。しかも、俺の名前が佐倉孝治さくらこうじ

 出席番号で前後になる運命にある。都子が後ろで、俺が前。


「出せてない」

「さっさと出せばいいのに」

「そうは言っても、文系、理系すら決まってないのに、大学と学部を一応、決めて出さないといけないからな」

「成績、悪かったっけ?」

「馬鹿にするな。医学部以外ならどこでも選べるぐらいの成績にはなってる。もっとも、医者になる気はない」

「血が苦手だもんね」


 一応、成績は悪くないどころか、良い方だと思ってる。別にすることないから、やることやってたら、そういう成績になっただけの話だが。

 そう、やりたいことがない。

「……少年漫画の主人公って意外とえらいよな」

「どういうこと?」

「いや、目的がしっかりしている。累計発行部数世界一のマンガの主人公だって『ナントカに俺はなる!』って宣言してるし」

「読者に伝わらないといけないし、分かりやすいよね」

「しかも『なりたい』じゃなくて『なる!』だからな」

「言われてみると、すごく強さを感じるね」

「そういや、志野は決まってるのか?」

「私は決まってるよ」

 都子が当然とばかりに胸をはる。


「どこだ?」

「真似しないでね。京都の大学の経済学部」

「経済学部? どうして? しかも京都?」

「編集者に俺はなる!」

 真似してるの、お前じゃないか。

「……で、それでどうして経済学部? それに編集者?」


「私って物語とかって好きだから。司書とかも考えたんだよね。でも、よくよく考えたら、一番最初に物語を読めるのって編集者かなって。それに、自分で物語も作れるしね。それで、別に編集者ってね何学部でもいいんだけど、経済の知識って上手いことハマれば面白そうかなって。京都はね、やっぱり文学っていいかなって」

 

 やっぱり、しっかり考えてる。

 俺って何になればいいんだ?


 しかめっ面だったのだろう。都子が、またのぞきこんでくる。


 あわてて顔をそらす。


 都子は気づいてないのか。


 都子は魅力的だ。

 とぼけているようで、芯がしっかりとしている。編集者というのも都子にピッタリなように思えてくる。

 

 俺は、何にもできない。成績も悪くはないし、どちらかというと器用な方だと思う。

 けれども、それだけだ。

 何でもできるけど、何にもできない。

 それが俺だ。


 都子はなんだかんだで、しっかりしていて、俺にはまぶしいぐらいだ。

 同じ高校になったと聞いて、実は嬉しかった。

 

「そういや、文章書くの上手いよね」


 都子がポツリと言った。


「ん?」

「上手いのかな? なんだろ? ちょっと変わった文章。アレって個性だと思うんだけどな。なんだったっけな~」

 都子が眉間にしわを寄せて考えている。

 

 俺の心がざわついた。……そっか。難しく考える必要はないな。何にもできないなら、何かできるようになればいいだけか。


 学部は専門的な知識がつきそうな、武器になりそうなところ。経済学部は任せておこう。

 全部、大学は一緒だ。京都の大学だ。

 

「よっし、都子、決めたぞ!」

「え? さっきまで悩んでいたのに?」

「ああ、決まる時は一瞬だ。ミステリー作家で理系出身って結構いるように思えるよな」

「え? うん、そうだね」

「よし」


 俺は廊下に駆け出した。


 俺は、別に俺の物語でなくていい。


 ただ、一緒にいる人の物語になれればいい。きっと、それでいいんだ。


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きみの物語になりたい 水瀬 由良 @styraco

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