ヤーブス・アーカと愉快な仲間達

かこ

第21話

 光輝くヤーブスを前にチエコは直視することができなかった。意識を手放した先で何が起きたのか知るよしもない。


「待っていたわ。葉桜が出てくるのを!」


 唐突に、女の声が響く。練習場に四人の影が加わる。

 一人は、赤毛の美女――ハルカ。一人はハルカを後ろ手で押さえたカーコ。最後は構えを取るアンコックとエローナだ。


「その女性は関係ない。葉桜を返すんだ、ヤーブス!」


 アンコックが暗器をヤーブスに投げる。

 ヤーブスは、にやりと不気味に笑い、頭に刺さる刀を引き抜いた。ごぼり、と光がこぼれる。

 ヤーブスは刀を振り下ろす風圧でアンコックの攻撃を打ち返した。凶器が光速の勢いで動きのにぶいハルカとカーコを襲う。

 ハルカとカーコを狙う反撃は二人には届かない。アンコックが自身の体を盾に守ったからだ。


「アンコック!」

「ご主人様!」


 二人の悲鳴が上がるのと、アンコックが膝を折るのは同時だ。

 駆け寄ろうとするエローナをアンコックの一喝が止める。


「来るな! この攻撃はあちらの世界に連れて行かれる!」

「あちらのって、戦車がロボットになっちゃうとんでも世界ですか?! もうごめんですよ!」


 体勢を低くしたアンコックに駆けよろうとしたエローナは猫のように飛び上がった。

 アンコックは額に汗をにじませて、言葉を絞り出す。


「そうだ、体が。あちらに引き込まれているんだ!」

「せっかく帰れたけど……ご主人様を放っておけません!!」


 エローナの決死の覚悟と共に二人は姿を消した。こちらの世界から消されたのだ。

 練習場にはハルカとカーコ、野々原チエコが残される。

 これはやばい。皆がヤーブスとの距離を取る。


「も゛っている゛だろう」


 ヤーブスの地響きのような声に蹴落とされ、カーコはすぐに返事ができなかった。


「い゛としい゛かげろう」


 ヤーブスの顔が声が崩れていた。刀が抜かれた傷から光がこぼれ、来光のように光輝く。

 視界が白く染まる世界で誰もが死を覚悟した。







🌅







「待て、どうして発光した」


 就業時間の過ぎた部屋に落ちた一言に反応するものは誰もいない。痛みを訴える頭を乱暴にかきながら、女は声にならない呻きを吐く。


「絶対。ボーナスぶん取る」


 そう言うな否な、豪速でキーボードを叩いていく。内容を反芻しつつ、小言を呟くのは無意識の行動だ。



【葉桜】

妖刀と呼ばれるに相応しい、絶大な力を持つ忍刀。かの刀をめぐり、里が滅びたことさえある。宇宙の英知と記憶を治めたデバイスを刀工が一振りの刀に叩き上げた。犠牲となった彼の妻の名がつけられている。


「最強すぎよ、恐ろしい」



【陽炎】

葉桜と対をなす存在。かつての葉桜をめぐる争いの末、かの者の無念が宿る。宇宙の英知と記憶を治めたデバイスが葉桜と共に匣という形となった。犠牲となった子供の名がつけられている。


「敵だと思ったら味方ってこと? 誰の、とは言えないけど」



●アンコック・セーウ

忍者。匣・陽炎を取り戻すために、妖刀・葉桜を国外に持ち出そうとした。カーコと乱闘後、彼女と結託して葉桜を追う。エローナを使い魔にしている。


「忍者っているのね、映画村の職業忍者とは別物だといいけど」



○カーコ

CAに扮していた忍者。葉桜を盗み出したアンコックを追い詰めたが、葉桜を奪還できず外国の地に取り落としてしまう。ワセリンと歯ブラシ、妖術に秀でている。


「ワセリン使っているところ、角度が悪くてよく見えなかったのよね」



●ヤーブス・アーカ

正義と自分の立ち位置と薄毛に悩む警察官。葉桜が脳天に突き刺さるが、陽炎の力とミカンサの治療により一命を取り止めた模様。陽炎の力が消えるとその事実も定かではない。ユースとは旧知の仲で、彼の運営するダイナーによく通っている。

葉桜を追うエローナを退け、ハルカの元に身を置く。葉桜を抜刀する能力を見せるも、刀の威力を制御できずにいる。

アンコック・ヘミュオン効果により闇落ち狂戦士バーサーカーとなって再び現れる。

栄吉の皮をやぶり再び爆誕。


「刀が頭に刺さっても奇跡ってあるのね。ちょこちょこ出てくるけど、何にもしてないって思うの私だけ?」



●へミュオン

ヤーブス、ミカンサの同僚。外国の地では警察官。葉桜を持つことはできるが、抜刀できるかは不明。日本ではワイズプロジェクトに身を置き、イケメン悪役もこなす。

アンコック・ヘミュオン効果との関係も怪しまれる。


「意外と謎が多いのよねぇ、この男」



○ミカンサ・クーラ

ヤーブス、ヘミュオンの同僚。外国では警察に所属する監察医。葉桜を持つことはできるが、抜刀できるかは不明。日本ではワイズプロジェクトに身を置き、治療も行う。貧乳に関する言動は抹殺する。


「チエコは仮の姿なのかしら? 考えても仕方ないか」



●ユース・K・ジリノフ

ダイナーKのオーナー。ヤーブスと旧知の仲。ロリコン趣味。


「……何もしてないわね、本当」



○ハルカ・アナトリア

宇宙の果てからやってきたノーブラの美女。謎の人物から頼まれ、葉桜と陽炎を狙っている模様。陽炎は手に入れられたが、葉桜の入手が困難を極めている。葉桜を持つことはできるが、抜刀はできない。

アンコック・ヘミュオン効果(潜在意識と顕在意識が逆転してしまう現象)による世界では戦車の指揮も務める。


「この人、ハイスペックなのに後一歩って所で逃すのよね……」



○エローナ・ツオン

アンコックの使い魔として暗躍する猫獣人。バストはC65。愛称はなっちん。特殊能力『指からビーム』は町を壊滅させる程の威力。また、浣腸もこなす器用さを持つ。

アンコック・ヘミュオン効果(潜在意識と顕在意識が逆転してしまう現象)による世界では戦車の砲手を務める。


「かわいい割にやること、えげつないのよ」



●LAGER

世界をまたにかけるビール。愛称はlagerたん。

アンコック・ヘミュオン効果(潜在意識と顕在意識が逆転してしまう現象)による世界では戦車のAIを務める。


「実体ないのが、もったいないわ」



●矢場杉栄吉

(略)


「頭沸いてんの?(誉め言葉)最後にレポート十枚分にしてやるわ。後よ、後」



○野々原チエコ

新進気鋭の演技派女優。『こちら楽園の酔っ払い戦線で箏の調べと見習い勇者のうきんのはなうたを捨てていく金糸雀カナリヤ』で主役に抜擢された。件の噂から、小道具の刀を持つことを恐れている。


「まともな人だけど、掴めないのよね。さすが、女優って言った所かしら」



 続けて【矛盾点】を打ち込もうとした女の後ろに気配もなく男が現れた。


「順調か?」

「……うっわぁぁあ! 驚かさないでくださいよ、ボス!!」

「はは、俺もまだまだいけるな」


 軽快に笑う男を睨み付け、女は苦情を申し立てる。


「秘書にここまでさせますかね。いっくら優秀でも私の手では負えませんよ!」

「そこを何とかするのが、君の仕事だろう――Miss.竹上?」


 涼しい顔の男に竹上はぐっと押し黙る。しばし睨み合うが、勝敗は決まっていた。


仮想バーチャル世界で、何でもありなんですから頭が追い付きません……」


 白旗を上げた竹上が弱音を吐く。

 男は顎を撫でながら興味深そうに竹上の打ち込んだ報告書を覗きこんだ。


「期待通りと言えば期待通りだが、なかなか進展しないな」

「いいですね、は」

「いやぁ、面白いよ、バーチャルあちらの世界も。君もやってみるかい?」

「ごめんですよ、現実かどうかわからない回線上世界なんて」


 冷めきった珈琲で竹上は喉を潤した。珈琲だけではない苦味が腹の底に落ちてくる。

 男は一人の名前に目を止めて、面白そうに目を歪めた。


「あんな所でくすぶってる奴じゃないとは思っていたが、どう出るかな」

「それ、幼馴染みとは思えない言葉ですね?」


 うんざりとした顔で竹上が指摘した。

 男は画面から視線を外し、竹上を見下ろす。


「口より手を動かしたまえ、Miss.竹上?」

「動かしてますよ、話してる間も! 見えてないですか、Mr.ジリノフ?」


 焦ったように返す竹上にMr.ジリノフ――ユースは可笑しそうに笑うだけで、それ以上は口にしなかった。

 竹上はユースの相手に無駄な労力をさくのを止め、壁全体に埋め込まれた無数の画面の一つに注意を向ける。

 画面の奥でヤーブスが匣を手にして笑っていた。本物の匣でないことに気付くのは時間の問題だろう。


 二人だけの空間に、靴音が響く。

 竹下は髪を乱しながら振り返り、ユースは顔だけを向けた。ユースの唇がこの上なく、愉快に弧を描く。


「まさか君が来るとは思わなかったよ」


 ユースの言葉に導かれるように、また一歩、靴音が響いた。




( ・∇・)<野々ちえさんごめんなさい




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