第48話 ふたりと、強力な助っ人達2

「……夜も明るくなって、大地には地響きを立てて陸蒸気おかじょうきが走るこの世の中にゃ。どんどん、あやかしがいなくなっていると思わないかにゃ?」


 水雪みずゆきの言葉に、炉に残った灰をかけあっていた二匹は動きを止めた。

 もわもわと灰が宙を舞い、水雪の青い半纏も汚すから、む、と顔をしかめた。


「……まあ、そうかも」

「河童も、この世は住みにくくなったから、幽世かくりよに行く、って言ってたなあ」


 急にしょぼんと肩を落とし、二匹は自分の尾をぎゅっと抱きしめる。

 その様子を眺め、しめしめ、もう少しにゃ、と水雪は舌なめずりをした。


「わっし等を視える人間も少なくなってきたにゃ。そうなると、どんどん、この世に居場所がなくなるにゃ? そのうち、なんにもしてないのに、わっし等はここから追い出されるにゃ」


 ちょっと飛躍したかにゃ、とおもったが、二匹には切迫感だけ伝わったらしい。


「ひどい! ぼくたちの方が先に住んでたのに!」

「でもでもでも。そうかもよ。だって、千寿堂がそうじゃない」


 子狸が、ふくふくした自分の尾にぎゅう、としがみつきながら、茶色の瞳をカワウソに向ける。


伊織いおり小夏こなつはお菓子くれるけどさ。長男の詩織しおりや長女の織奈おりな、なんにもくれないよ? 迷信深い、とか言ってさ。和織かずおりは視えるけど、くれないケチだし。ねえ、カワウソ」


 子狸が口を尖らせる。


「きっと、これからそんな人間がいっぱいになるんだよ……」


「えええええ!! やだなああ!!」


 叫び声を上げたカワウソに、水雪は手を伸ばしてその背を撫でてやる。つやつやした毛皮は自分の被毛と大違いだ。


「そうならないように、今から『視える人間』を大事にするにゃよ」


「うん? どゆこと」


継慶つぐよしは視えるし、人間も恐れる力を持っているにゃ。こういう人間を大事にして、あやかしを守ってもらうにゃ。そういう風に、育てるにゃよ」


 にやり、と水雪は笑う。


「わっし等が」


 そう。


 あやかしの世界にどっぷり浸かってもらっても困るし、人の世の味方ばかりしてもらっても困る。


 ふたつの世界をうまくわたっていき、そうして、両方の世界を結び付けられるように、継慶を育てればいいのだ。


(……まあ、うまくいくかどうかは分からないけどにゃ……)


 そのときは、ごめんなさい、千代様、と水雪は心の中で謝った。

 その間に、カワウソと子狸はぱちぱちとまばたきをし、それから短い腕を組んだ。「うーん」と唸っていたが、すぐに、にぱ、と笑う。


「なんかよくわかんないけど、水雪の言うとおりにする」

「ぼくもそうしよう」


「だったら、話は早いにゃ」

 水雪は立ち上がり、青い半纏についた灰を払う。


「阿弥陀寺に行き、まずは継慶に会うにゃ」

 ちょろり、と立ち上がったカワウソと子狸は、笑い声を漏らした。


「うくくくく。なんか楽しそう」

「わくわくするなあ!」

 水雪は、二匹を連れて廃屋を出る。


「おお、久しいな、水雪」

「あらあら。どこに行くの?」

 そこにちょうど大天狗と女狐が現れた。


「あ! ふたりも一緒に行こうよー。楽しいよー」

「そうそう! 行こう!」

 カワウソと子狸がふたりのあやかしの手を取り、水雪の後を追う。



 こうして、百鬼夜行が阿弥陀寺に向かった。

 人の世にも、あやかしの世にも適応できる子を育てるために。



 呪術と異能とあやかしを操り、慶尚よしなおを補佐し、美慶みよしを支え、時代に暗躍した瀧川継慶は、こうして誕生するのである。


   

      『旦那様の口づけには、秘密がある』 番外編 了

 

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旦那様の口づけには、秘密がある 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095

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