第162話 その令嬢は宇宙を駆ける
──戦争終結から三年後。
パン、パンとシャンパンの蓋とクラッカーが弾ける音が響く。同時にパシャリと無数のシャッターとフラッシュ。それらをかき消すような黄色い歓声。
多くの人々が見守る中、若い夫婦が純白の衣装に包まれバージンロードを歩いていく。
新郎はヴェルトール、新婦はステラ。今を時めく、地球帝国最強の二人が最強の夫婦となった。
「おめでとう、二人とも」
夫婦の前にぬっと現れたのはサオウだった。
淡いピンクのスーツを着た姿とその長身のせいで少々目立ってはいるが、その朗らかで優しい声音にはほんの少し涙が混じっていた。両方の目からこぼれる涙を指先でぬぐいながら、サオウは小さくウィンクをして、自身の後ろに控える仲間たちへ振り向く。
「もー遅いんじゃないのー?」
ほっと胸をなでおろすようにミレイ。
「やきもきさせやがってよー!」
料理の皿を片手にいつものお調子者なノリで大きく笑うコーウェン。
そして……
「ステラ……立派な姿だ……母さんにも見せてあげたかった」
父、キイチの姿を認めたステラは満面の笑みと共に大きな涙をこぼす。
「お父ちゃん……」
「ステラ、幸せになれよ」
「うん」
親子の会話のその横では男たちの友情があった。
「結婚おめでとう……とは言うが、どちらかと言えば、貰われていく側じゃないのか?」
「言えてるな。俺たちまーた負けたもんな。ま、おめっとさん」
アレスとデランはお互いに肩をすくめあいながら盟友を祝福する。
「だが誰からの文句もない。いや言わせない。最高のプロポーズになっただろう?」
ヴェルトールはニッと彼らしくない笑みを浮かべていた。
「だが一番驚いたのはアレスだ。まさか戦争終結後に結婚とはな。全然気が付かなかった」
ヴェルトールはアレスのそばに佇む女性を見て、ふっと微笑む。
確か、彼女はティベリウスの生活班長だった子だ。一体いつの間にとは思うが、あの堅実なアレスがこれはと選んだのだ、きっと幸せだろう。
「俺は常に計画通りに進めるのさ。無遠慮に子供を作るこいつらとは違う」
「おい、言うな」
アレスはその隣の夫婦を見て、冗談交じりのため息をついた。
そう、デランだ。彼もまた二年前に結婚した。相手はもちろんアデルだった。その彼女は一団とは離れた場所にいた。四人の小さな子供を部下の海兵隊に背負わせ、本人も大きくなったお腹をさすりながら、それでもあの豪快な笑い声をあげていた。
双子を二回、現在も双子だという。
「偶然だよ、偶然」
「ははは! いずれ海兵隊か航空隊はお前の一族だけになりそうだよ」
ヴェルトールは一足先に父となったデランを、間違いなく羨ましい目で見ていた。
「言ってろ。お前んとこの子供だって無敵の両親の子供として生まれるんだぜ? 後継者教育はしっかりしろよ」
「俺は自由にさせるさ。道を縛る必要はない。俺たちの結婚のようにな」
ステラとヴェルトールの結婚は多少の混乱を引き起こした末のものだった。いくらステラが先の戦争で活躍し、その才能を開花させようとも言ってしまえば平民の出。
一方のヴェルトールは大貴族であるし今では帝国第一艦隊の総司令。さてそうなるとつり合いというものが取れないと考えるのは古い考えの持ち主たちである。
つまるところヴェルトール・ガンデマンの実家がごねた。
なのでステラは「実力で黙らせる」というアドバイスを受け、その通りに実行した。それが後々に語り草になる「ガンデマン夫婦決闘プロポーズ事件」である。
要約すれば、「私が一番強い! 私が一番ふさわしい! 文句があるならかかってこい!」というもの。
そしてこれを「面白い」という理由でフィオーネが承諾、兄である皇帝に戦争の功労者たちの余興を認めるようにお願いすると、なぜかとんとん拍子に話が進んで行き、最終的にはヴェルトールとその盟友たちが指揮する艦隊とステラが指揮する無人艦隊のガチンコバトルが勃発。
一切の手加減なし。「俺と結婚したいのなら俺に勝って見せろ」という意味不明なプロポーズが開戦の合図となったとかなんとか。
その結果、ステラの無人艦隊が勝利をおさめ、名実ともに最強無敵の帝国艦隊として君臨することになったということだが、それはまた別のお話。
とにかく何やら派手な事件と共にこの若い夫婦は新しい門出を迎えるのである。
「ほんと……最後の最後まで落ち着きがないというか、騒がしいわね、あなたは」
「まぁいいじゃないか。二人とも、らしい形だったよ」
各々の祝福が一段落する頃合いに、フリムとリヒャルトが姿を見せる。
兄妹はそれぞれの友人の前に立ち、笑顔を向ける。
「フリム」
「リヒャルト」
夫婦もまた同じように笑みを返す。
クローン人類、サラッサ星人との融和はやはりまだ完全ではない。
それでもじょじょに、受け入れられつつあるのは二人の尽力のたまものである。
たった数年程度で文化も種族も違う存在同士が平和的に共存するのは難しい問題ではあるが、それでも手を取り合うことはできるようになった。
その一つの成果ももうじき実現しようとしている。
「まぁ、僕はいずれ二人にはこうなってもらう予定だったけどね?」
「どこまでも調子のいいこと。私としてはあのステラが結婚だなんて、今でも信じられないわ」
「ちょ、ちょっとどういう意味よぉ」
「だってあなた、平坦な道歩いても転ぶし、忘れ物はよくするし、寝坊もするし、案外だだくさだし」
「うぐ! 言い返せないことを!」
フリムのからかいにステラが口を尖らせる。
それを見てリヒャルトがまた笑い、ヴェルトールも小さく微笑む。
「ところで、やっぱり彼女は来てないのかい?」
ふと、リヒャルトが集まった参加者の中に足りない人物たちがいることに気が付く。
結婚式の参加者の殆どはあのティベリウス事件の関係者たちであり、その他は軍関係者が殆ど。また皇室の方々は参加していないが、祝辞は送ってくれている。
その人物がここにいない理由を彼は知っているが、それでも友人の一人として参列ぐらいすればいいのにとも思う。
「一応、招待状は送ったんですけど……あっちの方と時期が重なってしまったみたいで」
「あれも、帝国としては一大プロジェクトだ。それにお前たちにとってもな。それ故に延期も出来ん。俺としては、あいつはわざと日程を重ねたようにも見えるけどな」
夫婦は少し残念そうな顔を浮かべた。
「とはいえ、全く。俺たちを焚きつけた張本人がこの場にいないとは。無責任にもほどがある」
ステラにとんでもないアドバイスをしたのはその人物だった。
「あはは、それはそうですね」
ステラはその女の姿を思い浮かべながら、空を見上げる。
彼女はもう宇宙にいるだろうかと思いながら。
その時だった。
「あれ?」
ステラの視線の先。
遥か上空を行く影。
それは巨大な戦艦……羽衣を纏い靡かせるような神々しい姿、真横に広がった特異な形状。
全長2000メートルにも及ぶ新造戦艦だった。
その名をアーシラト。
一つ一つが駆逐艦並みの大きさを持つ主砲が、無数の副砲がまるで風に揺らめくドレスのように滑らかに稼働している。
その巨大な砲台から放たれるのは、轟音にも似た空砲……否、祝砲であった。
21発の轟音が空に響く。
それを見上げていた参列者たちはみな、両耳をふさぎながらも、その艦を見上げ、笑顔を浮かべた。
「リリアンさん……行ってらっしゃい」
ステラは、その艦を指揮する女の名を呟いた。
***
「これでよろしいですか、提督?」
まだ若い、少年のメインオペレーターが後ろを振り向き伝える。
「上出来よ。クインシー中尉。ピッタリ21発、見事な祝砲だわ」
このアーシラトの女主人にして提督である女は眼下を映し出すモニターを眺めて、小さく笑う。
「ハッ、この程度であれば間違えることはありません。ですが、予定の出発時刻を十分も過ぎてますがよろしいのですか?」
ザバト・クインシー中尉は今年で十九になる多少神経質そうな顔をした少年である。暁の焔学園を優秀な成績で卒業し、一年間の巡視任務を経て最新鋭の戦艦のメインオペレーターとして着任することになった。
「大丈夫よ、中尉」
中尉の疑問に答えたのは、提督ではなくその真横に座る女艦長だった。
日焼けした肌に金髪という一見するとそうは見えない女は、ちらりと提督の方を見てから、再び中尉へと視線を向ける。
「私たちの目的地にゴールなんてないんだから。ゆっくり、のんびり、気ままにいけばいいのよ。リラックス、リラックス」
女艦長デボネアはまるで学生のような屈託のない笑顔でそう伝えた。
「艦長。その発言は少々問題ありと判断します。我々がこれから行う任務は長期的な閉塞空間という環境下の中で──」
「あぁもううるさい、ニーチェ」
そんな艦長をとがめるように電子音声が聞こえてくる。
「友達の晴れ舞台なんだから派手に祝福するのが良いのよ」
「ようは目立ちたいということですね?」
「あんたその減らず口はどういう学習をしたらそうなるわけ?」
「この環境のせいかと」
「言ったなこいつ! まるであたしが悪いみたいじゃん!」
「まぁそうでしょうね。デボネア艦長殿にはもう少し落ち着きをもって頂きたいかと」
それはいつの間にか恒例になっていたやり取りだ。
アーシラトの艦橋ではこうしてたびたび艦長とサポートAIが喧嘩を始める。それもひどくくだらない理由で。
「やれやれ……相変わらずですな」
副長席に腰かけながらヴァンはしわの多くなった顔で呆れたような顔を浮かべていた。本来ならば艦長、提督の位をもらってもよい男は、自分は副長こそが最もふさわしいとして、その地位にこだわり続けた。
「それで、提督。開拓艦隊との合流をそろそろせっつかれそうですが、いかがしますか?」
「そうね。もうそろそろ行ってあげないと可哀そうかしらね」
女提督リリアンはじっとモニターを眺める。そこには幸せそうな笑顔を浮かべたステラとヴェルトールたちの姿が映し出されていた。
「良い顔じゃない。地球帝国は安泰ね」
「最強の夫婦ですからね」
デボネア艦長もうっとりとした表情で二人を眺めた。
「でも、良いんですか? 参加しなくて?」
「えぇ、もう心残りはない。それよりもあなたたちこそいいの?」
リリアン提督の問いかけにデボネアもヴァンも小さく頷いた。
「もちろんです。私はずっとついていきますよ、提督」
デボネアは満面の笑みでそう答えた。
「老い先短い老人です。なら、新しい世界をもっと見てもいいでしょう?」
ヴァンも同じだ。
「それはここにいるクルー全員が同じ気持ちなのです。新しい世界、宇宙の果て、かつての同胞たち、まだ見ぬ生命体……地球には収まらない無限の可能性を求めて旅立つことを選んだのですから」
数分もしないうちに地球を離脱し、衛星軌道上にて待機していた艦隊と合流する戦艦アーシラト。
その正式名称は次世代型外宇宙探査型全環境対応級戦艦アーシラト。
無限に広がる宇宙の海を行く貴婦人である。
そして貴婦人に付き従う無数の艦隊。その殆どが無人艦ではあるが、そのうちの数隻は有人艦であり、コントロールを司る。同時に超巨大移民船を三隻保有した大艦隊である。
その構成員には人類も含め、クローン人類やサラッサ星人も含まれていた。
それは多種族の融和の証として、宇宙へと旅立つ。
遠い昔に地球を脱出した人類たちを探す果てしなく、そして途方もない、ゴールの見えない旅路。
もう二度とは地球へは戻れない片道切符であろうと、彼女たちの心に恐怖はなく、未知への探求心が燃え上がっていた。
「艦隊、前へ。超々恒星間ワープ準備」
リリアンの号令と共に艦隊が慌しくなる。
「さぁ行きましょうか」
永劫の旅へ。
「地球は私には狭すぎたのよ」
気が付けば大艦隊を率いて。
悪役令嬢、宇宙を駆ける~二度目の人生では出しゃばらないと決めたのに、気が付けば大艦隊を率いています~ 甘味亭太丸 @kanhutomaru
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