第161話 そう敢えていうなれば、陳腐な言葉

 実際の所、帝国は難しい状態にある。

 星間戦争などという大規模なことを行ったことによる財政赤字もそうであるが、そこに1500光年という途方もない距離をつなぐ中継地点、喜望峰の管理もあれば、戦争相手の惑星サラッサに対する睨みも利かせなければいけない。

 それを抑える為に日夜交渉が続けられ、正式な停戦や和平の調印式までこぎつけるのにだって下手をすれば年単位がかかる。


 地球外生命体との文化、文明の違い。特にサラッサ星人に関しては見た目も違えば身体的特徴も違うし、生と死の価値観も異なり、男女という垣根も曖昧だ。

 惑星サラッサに残されていたクローン人類たちの扱いもなかなかに難しい。こちらは見た目は人類と同じでも両性具有であり、一見しただけでは判断が付かない。見た目が近しいというのに決定的に異なる存在であるという事実を簡単に受け入れられるものは少ない。

 むしろ近しいが故に拒否感が出やすいものだ。


 認識の差を埋めるのは単なる和平や停戦では解決しない問題である。

 事実、地球に全員を受け入れる準備は整っていない。いくつかの植民惑星への移住は許可できても、そこにコミュニティを築くのだって容易ではない。

 

 それにかつては支配階級と被支配階級という立場であったこともあり、そのギャップに違和感を覚えるものが殆どだった。

 何事も平和的解決だけを実現させればそれで済むというわけでもなかったのだ。

 結果だけを言えば帝国の仕事は大幅に増えてしまった。それはどこかマンネリ化して、停滞気味だった帝国の起爆剤となったのはなんとも皮肉な話である。


 此度の戦争もそうであるが、外宇宙からの脅威、治安維持なども含めて帝国軍人の需要は高まった。同時に宇宙開発への意欲が再び沸き上がり、それはある意味では人類にとっては悪くない意識改革へとつながった。

 とはいえ現皇帝の政治の舵取りは困難を極めることだろう。何せ、下手を打てば旧世紀の人類と同じ過ちを繰り返すことになるのだから。

 決して、平穏な日々が訪れたわけではない。


***


 たった一年。

 それだけあれば帝国軍の再建はさほど難しくはない。財政難というわかりやすい問題は多々残ってはいるが、多くの植民惑星とそこに住む帝国臣民というわかりやすい数の力があれば表面上の体裁を整うことはそう難しくはない。

 それに再建とはいっても殆どがリサイクルばかりだ。接収したサラッサの艦船を回収、改良を加えたり、退役する予定だった旧式の艦を利用したり。

 だがそれだけではない。エリスで得られたデータ、喜望峰やサラッサ、そして各惑星に残された黄金時代の遺産の研究成果も盛り込まれていった。


 ワープ機関の目覚ましい発展もそうであるが、ある意味ではリミッターをかけられた状態の艦たちがかつての性能を取り戻しつつあった。どう使えばいいのか、どう調整すればいいのか、そして広がりをみせた星図、外宇宙の知的生命体の実在、かつて地球を脱出した過去の人類の存在……。


 とにかく人類の意識は全体的に外に向いていた。

 だが足元をすくわれるわけにもいかない。内側にも目を光らせる必要がある。

 特にサラッサ星人やクローン人類の立場はまだまだ不安定だ。

 だからこそ、フリムとリヒャルトは表舞台に立った。地球に住み、そしてサラッサと戦った二人だからこそ、次こそは融和を求める為、両者の間に立つ。


「歪な形として伝わってしまったけれど、かつてサラッサと人類は和平を実現させて共存した。大昔の人間にできて、私たちにできない道理はないはずよ」


 フリムはそう語った。

 それは決して容易な道ではない。それでも彼女はそれこそが自分たちがやるべき本当の道だと認識したらしい。

 二つの惑星に存在したという事実は両者のギャップを埋めるにはある意味では最適な理由なのかもしれない。

 二人の存在は、ある意味では帝国を戦争へと駆り立てた。スパイであったことも、それを裏切り帝国についたことも。

 だからこそ、今度こそは平和をもたらす為に働くのだと。


 驚くべきはそんな二人の支援を行っているのがフィオーネとレフィーネであることだろうか。もちろんそれは全くの善意だけではない。特にレフィーネにしてみればサラッサの技術を取り入れることで黄金時代の技術の再現がはかどるという個人的な理由もある。

 実際彼女はそれを公言している。ある意味では表裏もない、信用はできるということでもある。当然反発もなくはない。


 もう一つ大きな変化があるとすれば、帝国軍内における若手将校の台頭だろう。

 良くも悪くも帝国は年功序列であり、長く在籍していればそれだけで偉くなれる。そして貴族という立場があれば必ず出世するし、そうなれば後はお尻で椅子を温めるだけで左うちわといった状態だ。

 だが、今回の戦争で目覚ましい活躍を遂げた月光艦隊そしてその責任者であるゼノン少将の発言権は大きくなった。

 さらに言えば次期皇帝である皇太子のお気に入りともあれば、そちらにしっぽを振る高官もいる。

 何より月光艦隊の面々が甘いマスクを持っているのも人気につながった。


「まるで昔に戻ったみたいだな?」


 運命の始まりの日。ティベリウス事件後の自分たちがそういったアイドル活動をさせられていたことを思い出したのか若き提督たちは互いに苦笑しあっていた。


 同時に既存の軍人内でも意識改革は行われた。ただそこにいるだけで、仕事をしていたつもりだった多くの軍人たちも襟を正さなければいけなくなった。

 そんな既存派閥で大きく幅を利かせるようになったのは第四艦隊のポルタ司令だろう。どちらかといえば若手よりの意識を持つこの男は、本人は「なぜ俺がこんな面倒をやらにゃならん」とぼやいているが、若手と既存派閥をつなぐ緩衝材として、日夜業務に追われている。


 もう一つ敢えて付け加えるとすればリリアンの父、ピニャールも忙しくしているということだろうか。結果はどうあれ主戦派の有力人物となり、戦争で活躍した娘の父、参謀総長という立場。

 総司令官の補佐役としての立場もそうだし、政治的な立ち位置としても重要。

 何が起きたかといえば殆どの勢力からの陳情、苦情、要望、そして総司令や皇帝陛下の指令もあり、体重が激減したという。


 帝国は変わろうとしている。

 果たしてそれが良い方向なのかどうかはわからない。

 だが少なくともかつて見た歴史とは異なり、精気に溢れているのは間違いない。


 そして……リリアンは喜望峰にいた。

 残念ながら新しい乗艦は何というべきか普通のものであり、明らかに再利用されたものだが、それでも戦艦を与えられた。

 ノルンと名付けられたそれは、まぁ大して語ることのない帝国の基本的な性能の戦艦である。

 艦隊司令に艦がないのは恰好が付かないという理由で急ぎ手配されたものだ。


 だがそんなことよりも重要なことがある。

 第六艦隊はそのまま喜望峰所属となり、その名前も立場も変更されていた。

 外宇宙調査特別艦隊。なんとも面白みもなく、ただ役割だけを名乗らされているだけだが、ここにも何やら特別な名前を付けようという動きがあるらしい。

 それがどんな意味不明な名前になるのかは興味はないが、実質的な仕事はサラッサに対する睨み、そして外宇宙での任務実績とデータ収集である。

 帝国は喜望峰のような外宇宙への睨みを強化したいという思惑があった。今現在は馬頭星雲方面のみであるが、時期が来れば各方面に同じような拠点を作ろうという動きもある。

 それは脅威への対策もさることながら、やはり外宇宙への進出を果たしたいという願望もある。


「マスター」


 そんな帝国の野望の一端を担うことになった喜望峰。

 そのメインシステムを気取るニーチェ。いつの間にかシステムを掌握し、わが物顔で喜望峰のネットワークを構築していた。

 今のところは第六艦隊、リリアンやステラになついているので帝国としてもよきに計らえといった態度である。

 実際は黄金時代のことを知るAIは今のところこのニーチェのみであり、帝国としても削除するのは勿体なく、こうしてどうにかコントロールさせようと必死なのだ。


「なにかしら」


 喜望峰の司令室は無駄に広い。

 一見すると半透明のドームに見えるがそれは外の映像を映し出しているだけだ。

 リリアンはそこから喜望峰の改修作業を見下ろしていた。拠点とは言うが、喜望峰は軍事的な施設のみに留まらず人工コロニーとしての機能も付与されつつある。

 いずれは小規模な惑星なみの生活水準が約束されることだろう。

 そしてサラッサ星人、クローン人類と帝国の中間に位置する緩衝材としての役目もある。


「地球歴2700年代の航路データを発見しました」

「2700年代? それって宇宙技術が衰退していたころでしょう?」

「帝国の記録上ではそうです。しかし、航路データが存在します」

「何でよ」

「その時代に一隻の艦が地球からこの馬頭星雲へと旅立ったということです」

「ふぅん……まぁ、そのあたりの詳しい話は皇妹様たちに聞くとして……それがどうしたの?」


 もはや過去の記録に隠された何かがあることに驚きはしない。

 そんなことはこの数年でいやというほど理解した。


「サラッサ側の歴史も調べましたがどうやらその時代に地球人が来訪しています。たった一人。艦に乗って。その者は旅立った人類を追いかけ、地球の復興を伝えたとか」

「……なるほど。サラッサ側が妙に地球までの航路に詳しいと思っていたけど、その時のデータもあったというわけか。それでその艦と乗員はどうなったの」

「詳細な記録は残されていませんが、再び旅立ったようです。馬頭星雲を超えて、さらに彼方へ。地球を捨てた人類を探しに。人類の復興を伝える為とのことです。それが役目なのだと」

「それは……」


 なんとも無謀というか気が遠くなるというか、どう考えても死にゆくものの行動だ。

 宇宙は広い。無限に広がってると言われる。それをたった一隻で?

 それを実行した奴はとんでもない愚か者だ。

 同時にその熱意というか行動にはちょっと敬意を称したい部分もある。


「なんだか、ちょっと憧れる部分もあるわね」


 外宇宙の探索。

 そして人類の捜索。確かに、サラッサのような事例があるし、過去の帝国も様々な植民惑星へ移住した人類との再会を目指して宇宙技術を再興させた歴史がある。


「外宇宙への旅か……」


 リリアンは再び外を映すドームへと視線を向ける。

 何もない虚空の宇宙が見えた。


「そうね。やっぱり、それがいいのかもしれない」


 リリアンはぼそりと呟く。


「そうなんて言ったかしら。大昔の地球にあった、陳腐な言葉」


 でもいい言葉だと思う。


「無限に広がる、大宇宙」


 それを、私はもっと見てみたい。

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